ASIAN NOMAD LIFE

日本、香港、中国で生活・仕事をしてきてシンガポール在住8年目。
選択的夫婦別姓を嫌う女性は「自分と同じ苦労を味合わせたい」無痛分娩反対論者と同じでは?
0

    JUGEMテーマ:政治

     

    先月、サイボウズの青野社長が、選択的夫婦別姓を求めて東京地裁に提訴する方針を発表しました。

     

    また、来年最高裁判所の判事に就任予定の宮崎裕子弁護士が旧姓使用を表明。「旧姓を使うことは当然だと思っています」とコメントしたとされ、選択的夫婦別姓制度議論が再燃の兆しを見せています。

     

    結婚によって苗字を変えた経験がない男性が「妻に旧姓使用を認めたら離婚が簡単になって将来捨てられてしまうかもしれない」という不安を抱えて反対するというのならはまだわかりますが、一部の女性までこの制度の導入に反対する理由が私にはずっとわかりませんでした。(「選択」できるわけですから、変えたい人は同姓でいいのです)

     

    これについて、友人のFacebookである方(男性)が「みんな我慢しているのにお前は何だ」という感覚ではないか、とコメントをしたのを読み、ああ、そういうことかと、妙に納得しました。

     

    そこで思い出したのが、日本における無痛分娩の普及率の低さです。

     

    この記事によると、日本における無痛分娩の割合は諸外国と比べて圧倒的に低く、フランス80%、アメリカ61%に対し、2.6%しかありません。アジアですとシンガポール16%、香港9%と欧米に比べて低くなっていますが、シンガポールでも香港でも、産科のベッド数が少なく空きがない、長期入院すると高額になる、風水で縁起のいい日を選びたいなどの理由で計画的帝王切開が多く、香港の私の知人は全員帝王切開で子供を産んでいました。それを考慮すれば、日本の2.6%という数字がいかに低いものかわかると思います。

     

    上記の記事では、なぜこれほど無痛分娩の出産率が低いのか、の疑問に対して「産科麻酔医が不足していることと、日本人特有の「痛みに耐えてこそ美徳」という考え方があると言われています」と回答しています。需要があれば麻酔医の数も増えるでしょうから、「痛みに耐えてこそ美徳」が先であるのは自明でしょう。

     

    どれだけお産が大変だったか、どれだけ痛かったか、という話を延々と語られた経験が私にも何度かありますが、彼女たちの多くは「これだけ大変な思いをして産んだ私」にとても満足しているようにみえました(もちろん「もうこんな痛い思いをするお産はこりごり」という人もいました)。

     

    そして「やっぱり痛い思いをしなくっちゃ本当に子供を産んだことにならない」という一部の出産経験のある女性たちの無言の圧力が、多くの未出産女性に積極的に無痛分娩を選ばせない選択をさせているような気がします(ひいては少子化の原因の一つになっていると思っています)。

     

    青野社長のインタビューによると、結婚による改姓でメリットは何もなく、デメリットばかりだったと言います。私も最初の結婚で改姓して(夫が前の結婚で婿養子として改姓して離婚したため「もう二度とあんな思いはしたくない」と譲らなかったので私が改姓)やはりデメリットしか感じませんでした。

     

    現在の夫は外国人のため改姓の必要がなく、結婚を決めた際に姓の問題でまったくストレスがありませんでしたし、子どもと私は苗字が違いますが、それで子供が不幸な思いをしたことは一度もありませんので、夫婦別姓のメリットしか感じません。

     

    逆に、もしも選択的夫婦別姓より夫婦同姓制度のほうが合理的でメリットが多いと考える人のほうが多ければ、他の国でもそうなっているはずです。これは自然分娩にも共通して言えると思います。

     

    「私がこれだけ大変な苦労をしたんだから、あなたもするべきだ」という毒母かひと昔前の姑いじめのような意識から抜け出し、「若い世代の女性たちにはこんな苦労をさせたくない」と考える女性が増えれば増えるほど、選択的夫婦別姓制度の実現性も、無痛分娩の出産率も高まるのではないでしょうか。

    | 後藤百合子 | 女性の働き方 | 18:55 | - | - |
    書評:『あなたはアベノミクスで幸せになれるか』〜失われた20年から取り返しのつかない20年に。
    0

      JUGEMテーマ:政治

      ■「いざなぎ景気」を超えたといわれる景気の内実

      一昨日の12/8、内閣府は2017年7〜9月のGDP値を改定。年率で2.5%に上方修正したと日経新聞が報道しました。

       

      第二次安倍政権成立の2012年以降、消費増税前の2013年を除き、ずっと0〜1%台(もしくはマイナス)で推移してきた日本経済がやっと回復基調に戻ったのかと思いきや、その内容を読んで背筋が寒くなりました。

       

      実質GDPを需要項目別にみると、個人消費は前期比0.5%減(0.5%減)、住宅投資は1.0%減(0.9%減)、設備投資は1.1%増(0.2%増)、公共投資は2.4%減(2.5%減)。民間在庫の寄与度はプラス0.4ポイント(プラス0.2ポイント)だった。

       実質GDPの増減への寄与度をみると、内需がプラス0.1ポイント(マイナス0.2ポイント)、輸出から輸入を差し引いた外需はプラス0.5ポイント(プラス0.5ポイント)だった。

      ※( )内は速報値

       

      設備投資はかろうじて1%を超えたものの、個人消費、住宅投資ともにマイナス、外需は予想通りプラスになりましたが、内需のプラスはわずか0.1%だけです。公共投資にいたっては2%以上の減、そして在庫は予測値の2倍。

       

      また、この記事によれば、国内需要である(GDPの1%程度を占める「純貿易」を差し引いた)内需の額は、「532.1兆円→531.1兆円」と1兆円も減っているといいます。

       

      さらに、このロイターの調査によると、企業が今後の経営課題として挙げているのは、内需縮小が40%、続いて人手不足が34%となり、買う人も、働く人も急速に減少しているという問題がすでに現実になっていることがわかります。

       

      「株価が3万円に?」「いざなぎ景気超え」とマスコミが囃す中、ひたひたと近づいてくる暗い足音が聞こえるような感覚に襲われます。

       

      ■要らないシュガーポットのように供給される日銀マネー

      『あなたはアベノミクスで幸せになれるか』の著者の市川眞一さんは、クレディ・スイス証券のチーフ・マーケット・ストラテジストを務める傍ら、2000年代初めから小泉内閣下の構造改革特区評価委員、民主党政権における仕分け人などの公職を歴任されてきた方です。

       

      自民党、民主党などの政治家に太いパイプをもつと言われる市川氏は、外交政策や安保政策で安倍政権を非常に評価しつつも、「2012年秋以降の日本の景気・株式市場の劇的な変化は、アベノミクスによる国内要因というよりも、海外要因が大きかったと考えるべきだろう」「しかしながら、上手く運んでいるときはアベノミクスの成果、停滞したら海外要因との説明は説得力があるとは言い難いだろう」と一刀のもとに切り捨てます。

       

      そして、先進国中でも格段に悪い現在の日本経済低迷の最大の要因は、2008年から始まったとされる人口減少と、50年後には人口の38.4%が65歳以上と想定される高齢化が進む日本の市場縮小局面において、消費人口が減り、企業の国内投資への意欲が先細る現状の中、異次元の金融緩和によって資金需要を喚起することができる、という誤った政策=アベノミクスに巨額の資金を投じてきたことにある、と分析します。

       

      この状況を指して市川氏は、コーヒーに入れるためにウェイトレスが必要のないシュガーポットをいくつも運んでくることに喩えて「今、日本の金融の世界では、経済が必要としていないマネーが日銀によって供給されているのである」と結論づけるのです。

       

      ■日本市場から脱出する日本企業

      市川氏は、2017年6月の労働力調査の結果をふまえ、労働人口6,775万人のうちすでに97%が何らかの形で就業しており、女性がパートタイムからフルタイムに転換したとしても、影響は限定的であるとします。

       

      労働生産性を上げて人口減少による生産性減少を補うという目標についても、2015年までの10年間、日本の労働生産性改善率は年率0.4%の伸びにとどまり(G7全体では年0.6%)先進国では非生産性を飛躍的に向上させるのは困難である、仮に物価上昇率2%を達成できたとしても、人口減少を考えると生産性を1.5%引き上げなければアベノミクスがターゲットとするGDP600兆円に達成には及ばないと言います。

       

      また、現役を引退した高齢者世帯の消費額は現役世代の2/3程度にとどまるため、高齢化が進めば進むほど、同じ人口でも消費額が減っていきます。企業にとって人口が減って市場規模が縮小し、さらに1人あたりの消費額が減っていくのであれば、新たに日本で投資するよりも、今後人口が増えて1人あたり消費額も増えていく海外諸国に投資するほうが効率的に発展できるのは自明の理です。

       

      本書によれば、上場企業の製造業の海外現地生産比率は、2016年度に21.4%、5年後の2021年度には23.5%になると見込まれており、海外に生産拠点を置く理由で最も多いのは「現地・進出先近隣国の需要が旺盛または今後の拡大が見込まれる」で、全体の70.7%を占めています。

       

      現在、人手不足が深刻な社会問題化していますが、人手が足りないのは、不調や入札辞退が続く豊洲の工事に代表される建設業界や、介護・運輸、小売りなど、国内で人員調達するしかない業界です。逆に、製造業やオフィスワーカーなどはまだまだ供給が需要を上回っています。大手銀行が最近、相次いで人員削減を表明したように今後もこの傾向は続くでしょう。

       

      企業は好況で積みあがった内部留保を海外投資に回し、売り手市場でも自分が働きたい職には空きがなく賃金も上がらない、働き手がほしい業界は人手不足が加速度的に深刻化するという現在の状況がこの先、常態化するのではないでしょうか。

       

      ■「失われた20年」から「取り返しのつかない20年」フェーズへ

      高名なファイナンシャルプランナーの方々が、読者の老後資金などの質問に対し「老後には〇〇千万円程度を貯めておけば安心」というような回答をみるにつけ、いつも陰鬱とした気分に襲われます。

       

      というのも、これらの回答は、「年金が現在と物価に対して同水準で支給される(デフレが続く)」「(もしもインフレが発生したら)それにじゅうぶん耐えうるだけの預金利息が支払われる」という大前提があって初めて成立するもので、現在50代半ばの私には、どうしても20年後、30年後までこの前提が続くとは思えないのです。

       

      もしこのような回答を鵜呑みにして完全に引退してしまい、70代、80代になって「こんなはずではなかった」と後悔しても後の祭りです。

       

      現在は株価高騰もあり、まだ懐の豊かな年金受給者が旺盛な消費をしているようですが、団塊の世代が預金を取り崩すようになれば、財務大臣が公言していた「国が国民からお金を借りている」現状も長くは続きません。日本の金融資産の60%を保有するという60歳以上の世帯主の世帯が、それを換金して生活費に充てなければ生活できなくなるからです。

       

      起こる可能性のあるアベノミクス最悪の出口戦略として、著者はインフレタックスを挙げますが(インフレになって円の価値が下がり相対的に国の借金が減少する)、これを回避するために、雇用制度改革や外国人の受け入れ、医療制度の改革、消費税の引き上げなど、いくつかの処方箋を示しています。

       

      しかし、本当にこれらの政策が実行できるのであれば、とっくにこれまでの政権がやってきたことでしょう。できなかったということは、国民が望んでこなかったということです。そして、その結果としての現状をみるにつけ、バブル経済崩壊後の「失われた20年」を経た日本と日本人は、安倍政権と共に「取り返しのつかない20年」を歩んでいるような気がしてなりません。

       

      今後、アベノミクスがどのような結末を迎えるにしても、庶民として最大の自衛策は「何があっても収入を得ることができるように可能な限り働き続けること」以外にないのではないでしょうか。

      | 後藤百合子 | 老後と年金 | 15:11 | - | - |
      「孤独死」の先端を走る日本の現実
      0

        JUGEMテーマ:幸せなお金と時間の使い方

         

        ■国際用語になったKodokushi(孤独死)

        世界的な高齢化社会のトップを走る日本で増え続ける「kodokushi(孤独死)」の問題が、今、世界で注目されています。

         

        AFP通信が配信した記事では、日本での孤独死推計が年間3万件と言われているが、実際にはこの2〜3倍の数字になるのではないか、という遺品整理業者の言葉が紹介され、実際に孤独死した50代と思われる男性のアパートの部屋の写真が掲載されました。記事によれば、発見された男性の部屋には写真も手紙も残されておらず、大量のCDとDVDが残されているだけでした。

         

        こちらは、ToDo-Companyという東京板橋区の遺品整理業会社で働く若い女性へのインタビュー記事です。昨年約90件の現場を経験したという彼女は、遺体が発見されるまで通常1,2か月、最長で8か月ということもあったと言います。

         

        清掃の後には花を手向けて線香を炊き、家族にお悔やみの言葉を述べる、この瞬間が一番つらいそうですが、孤独死した子どもの心中を思い「もっと自分にできたことがあるはず」と慟哭する親もいれば、故人に何の興味も見せず、現金だけをもち帰る縁者もいるそうです。

         

         lonely death happens to people who have a poor relationship with their family and no one to ask for help. Society can also stigmatise those who die alone, she believes, as people may see the fact that they had no one around as a reflection on them.

        孤独死は家族との関係がうまくいっていない人、誰にも助けを求められない人に起こる。(彼女によれば)社会も孤独死する人を非難するのは、誰にも看取られないのは自業自得という考え方があるからではないか。

         

        ■常盤平団地住人の人生

        The New York Timesに掲載されたこの記事は、日系カナダ人の記者オオニシ・ノリミツ氏による、千葉県松戸市にある常盤台団地に住む2人の高齢者を取材して書かれたものです。長期間にわたる丁寧な取材により、それぞれの人生を鮮やかに描いた一篇の文学作品のような記事を読んだ後、多くの人が心を打たれ、大きな反響を呼んでいます。

         

        登場人物は2人。91歳のミセス・イトウと83歳のミスター・キノシタ。

         

        ミセス・イトウは1960年、当時最先端の夢のマイホームと謳われた団地に13回以上応募した末、入居。大手広告代理店でサラリーマンを定年まで続けた夫と夫の連れ子、そして自身の娘の4人家族でした。しかし、夫と実の娘を1992年に失ってから25年間、独居生活を続けています。

         

        仲の良かった友人も一人また一人と亡くなり、今では誰も訪ねて来ない部屋を塵一つないほどきれいに掃除し、自分の半生記を書き、写経をし、夫と娘の命日に墓参りをし、何かあっときのためにと、数少ない親類にお中元の梨を送ります。義理の娘との交流は、年賀状とたまの電話だけのやり取りに。電話をもらっても「あなたも忙しいでしょうから私のことなど気にせず、自分のことを大事にしてね」と早々に電話を切り、相手を思いやります。

         

        毎朝6時前に起きてミセス・イトウがするのは、窓の障子を開けること。向かいの建物に住む女性に「朝、障子が開かなかったら何かあったと思って通報してね」と常々頼んでいましたが、その女性も認知症が進んでミセス・イトウの部屋がわからなくなり、「もう彼女はあてにできないわ」とため息をつきます。

         

        ミスター・キノシタの人生は、共に一人になったという事実を除けば、ミセス・イトウと対照的です。

         

        ミスター・キノシタはバブル経済が弾けるとともに経営していた事業が傾き倒産、離婚。兄弟たちにも借金し「キノシタ家を破滅させたのはお前だ」とまで言われて、14年前に単身で常盤平団地に引っ越してきました。

         

        2Kの部屋はまさにゴミ屋敷でモノが散乱していますが、その彼がたった一つだけ大切にしているのが、ドーバー海峡トンネルのキーホルダー。トンネル工事を受注した川崎重工の下請けとして、自身が経営していた会社がホース・リールを販売したのです。竣工記念のキーホルダーをお守りのように肌身離さず身につけ自慢します。

         

        しかし、2011年の震災時に足を悪くしてから、通っていたスポーツクラブにも行けなくなったミスター・キノシタの数少ない話し相手は、孤独死を防ぐために団地が月1回開催している食事会のときに会うミセス・イトウと、見守りボランティアの女性くらいしか残されていません。

         

        It was getting dark. Crickets were singing, the harbingers of autumn in Japan. Deeper into the danchi, toward Mrs. Ito’s apartment, the door of the dead 67-year-old man was still taped over, the smell refusing to disappear. Deeper still, past the deserted pool and the playground where her daughter used to play, Mrs. Ito’s window was visible, faintly, in the night. 

        暗くなった。日本の秋のさきがけを告げるコオロギが鳴く。団地の奥にあるミセス・イトウのブロックでは、67歳で亡くなった男性の部屋のドアがいまだテープで閉ざされ、しつこい死臭が漂う。さらに奥に入ると、彼女の娘が昔遊んだプールと児童公園が打ち捨てられている。ミセス・イトウの部屋の窓は、夜になってもほの明るい。

         

        ■決して他人事ではない孤独死

        5300世帯8000人が暮らす常盤平団地では、65歳以上の高齢者が半数近くを占めます。

         

        いち早く孤独死が問題になったこの団地では、孤独死を防ぐためにさまざまな対策を講じており、10年前は年間20件以上だったのが、近年は10件程度で推移しているといいます。しかし、自治会長は「十分な対策を講じるには、個々の事例をきちんと調べ、分析しなければならない」と強調し、自治体がもっと動くべきだと主張します。

         

        以前の記事で、後期高齢者になったときに大切なもののひとつとして「家族」をあげましたが、さまざまな理由で家族と離れたり、疎遠になったりする人々は確実に増えています。常盤平団地をはじめ、日本全国で増加しつつある孤独死は、高齢化社会の象徴であると言えると思います。

         

        人間は誰でも一人で生まれ、一人で死んでいきます。しかし、生きている限り、一人では生きられません。

         

        老後のお金や年金も重要であることは間違いありませんが、会社や地域コミュニティーなどの社会から隔絶されて孤独な生活を送る人々のことを社会がもっと真剣に考えて対策を講じることが必要だと思います。

         

        決して他人事ではないのですから。

        | 後藤百合子 | 老後と年金 | 13:55 | - | - |
        落ちこぼれてわかった、落ちこぼれた生徒を見放さないシンガポールの教育
        0

          JUGEMテーマ:幸せなお金と時間の使い方

           

          かれこれ一年前に、去年小学校に入学した我が家の娘がいきなり落ちこぼれた記事を書きました。

           

          最近、シンガポールの教育がNHKの番組でも取り上げられ、公立小学校の勉強がどれだけ大変か報道されたようですが、娘の勉強をみながら一緒に勉強している親としては、日々、これを実感しています。

           

          先月、娘が小2の期末テスト(英語、母国語、算数の3教科でペーパーテストと面接テストがある)を終えて成績を持ち帰りましたが、相変わらず英語を辛うじてパスしただけで、母国語(中国語)と算数は合格の60点に遠く及ばず赤点。相変わらず落ちこぼれています。パスした英語も、担任に「読解問題ができないから、休みの間ちゃんと勉強させるように」としっかり釘を刺されました。

           

          ■ADHD診断を受け、カウンセラーが授業に付き添い

          今年5月、我が家の娘はADHDと診断されました。保育園の頃から疑いありとは指摘されていたのですが、授業中、席にじっと座っていられず勝手に教室を出ていってしまったりするので困り果てた学校が文部省に要請をして専門家の診断を受けたところ、重度のADHDであることが判明しました。

           

           

          これはADHDの子どもと普通の子供の脳の働きのイメージ図です。

           

          普通の子供が脳全体を使っているのに対し、ADHDの子供の脳は特に前側がほとんど機能しておらず、活動している範囲が非常に狭いのが特徴です。このため集中力を持続することができず、多動障害や学習障害が起こるのです。

           

          以前から学習に限らず問題行動が多く、保育園を何度も退園させられたりしていたり、小学校入学以後もたびたび学校から呼び出しを受けたりしていたのですが、ADHDと正式に診断されてからは、担任の他に担当カウンセラーがつきました。

           

          担当カウンセラーのMrs.Gは、我が家の娘の他にもADHDの子どもやディスレクシア(識字障害)の子どもなど数人の面倒をみています。

           

          娘の場合は、Mrs.Gや他のカウンセラーが授業中に横に座ってくれ、集中力が続かなくなったなと判断したら教室内を歩かせてリフレッシュさせたり、朝と放課後にMrs.Gの部屋に行って朝はしてはいけないことを復唱し(衝動性が高いため同級生にひどい言葉を投げつけたり、同級生の持ち物を欲しいと思ったら勝手に持って帰ってきたりしてしまう)、放課後にはそれができたかどうかを一緒にチェックして、できたらカードにシールを貼ってくれます。また学期の終わりには、部屋でアイスクリームを作ったり、ビデオを見せたりしてくれるので、娘も喜んでMrs.Gの部屋に通っています。あまりによく面倒をみてくれるので、他の生徒がやきもちを焼くくらいだそうです。

           

          また、親や他の先生への連絡も非常に緊密にしてくれ、気になることがあるとWhat’sappというLINEのようなアプリですぐに私や夫に連絡をくれたり、ADHDに対する理解が浅い先生方にもいろいろな面でアドバイスしてくれるので、以前のように娘の問題行動に困った先生方が直接親に連絡してくることも非常に少なくなりました。

           

          ■補習授業と家庭学習指導

          カウンセラーによる指導とは別に、小2になって始まったのが、週1度の補習授業です。

           

          落ちこぼれている子どもを集めて、いろいろな教科の先生方が勉強をみてくれるのですが、高学年になるにつれてさらに補習授業が増えるようです。また、学期末の親との面接では、各教科の先生方が「ここが弱い」というところを教えてくれ、家庭でそれを補うよう厳しくプレッシャーをかけられます。

           

          娘の場合は週に2,3回、休みの間は週末を除く毎日、私と夫が1年生の教科書に戻って勉強させ直していますが、同じく落ちこぼれている娘の友だちのママ友は3人の子供を抱えてそこまでは手が回らず、週2回公文教室に通わせて家で勉強させていると言っていました(公文はシンガポールでも大人気で80教室以上あります)。

           

          英語、算数ともに、さすがPISA最高点のシンガポールならではの小学校低学年でも非常に高度なカリキュラムを課されていますが、特に母国語の中国語に関しては、小2ですでに中級中国語程度の難易度の学習をしており、私も毎日必死に辞書をひきながら勉強に付き合っています。

           

          なかなか娘が理解できないときは「なんでこんなこともわからないの?」と頭をひっぱたきたくなりたい衝動に駆られることもありますが(実際、ときどき手がでることもあります)、娘もずっとできなかったことが繰り返しやっているうちにできるようになると達成感があるらしく、泣いたり笑ったりしながら毎日親子で勉強を続けています。

           

          ■アートやクラブ活動にも力を入れる学校教育

          これは、先日、娘が学童から借りてきた小学校4年生の美術のクラスの教科書です。

           

          私も最近絵を習い始めたのでよくわかるのですが、絵をリアルに描くために必須なのが影のつけ方です。それを子どもにもわかりやすく、しかし本格的に解説しています。この教科書では他にも、立体工作のさまざまな方法や平面デザインの構図の取り方、色相と補色の解説と具体的調色方法の他、マンガのコマ割りの仕方まで登場します。

           

          小3からはクラブ活動も必修となり、サッカーや水泳などの運動科目の他、ダンス(モダンダンスの他民族舞踊もあり)や武術、合唱など、幅広いコースの中から選べるようになっています。

           

          コンピュータによる授業も小1から普通に行われており、勉強が得意でない子どもにも何とかして得意なものをみつけさせたいという文部省の執念を感じます。

           

          ■変わる試験制度とシンガポール政府の意図

          先月末に発表されたPSLE(Primary shool Leaving Exam)という小学校卒業時の統一試験結果は、受験者38,942人中、66.2%がエクスプレス(中学課程を4年で履修するコース)、21.4%がノーマル/アカデミック(同じく中学課程を5年で履修するコース)、10.7%がノーマル/テクニカル(技術専門課程を4年で履修するコース)となりました。

           

          エクスプレスコース以外の子どもは国立大学入学への道は事実上ほぼ閉ざされてしまうため、PSLEで高得点を取って何とかエクスプレスコース、それも成績上位の中学に入れるように親たちは必死で子供を教育します。

           

          この親の期待に応えられず、ノーマルコースに進学した女子中学生の悲劇を描いた「Normal」という芝居が2015年に初演され、大きな評判を呼びました。私も今年観ましたが、家庭にも学校にも見放されて行き場のなくなった多感な少女たちを必死でサポートしようとする新任教師との交流と、それが現実の前に無残に打ち砕かれていく様子が描かれており、涙が止まりませんでした。

           

          いっぽう、保育園・幼稚園から始まる英才教育と過熱する受験戦争(エクスプレスコースに進んでも2〜3割程度の国立大学進学枠に入るためのサバイバル競争は継続します)に対し、文部省も手をこまねいているわけではなく、2021年からは4科目(英語、母国語、算数、科学)の点数だけではなく、達成レベルや他の科目の達成度も考慮して総合評価とするなど、新しい制度が始まる予定です。

           

          我が家の娘に関して親が望むのは、どのコースに行ってもいいけれど、とにかく中学卒業レベルの学力だけは確実に自分のものにして卒業してほしいということです(今でもできれば小2をもう一年やり直してくれればいいと思っているくらいです)。九九や簡単な分数の計算ができない(=社会人になっても仕事以前の問題でつまずいてしまう)うちに自動的に卒業してしまうくらいなら、ノーマルコース進学でさらに落第し、もう一度同じ勉強をやり直してくれてもいいと考えます。恐らくシンガポール政府も同じ考えなのではないでしょうか。

           

          ■「最貧困女子」を再生産しないために

           

          鈴木大介さんの『最貧困女子』は、現在の日本で最底辺のセックスワーカーとして働く女性たちの多くが、知的障害、精神障害、発達障害の3つの障害のどれかをもつという現実を教えてくれる迫真のドキュメンタリーです。

           

          自分の子どもがADHDという発達障害をもっているということがわかり、改めてこの問題をさらに身近なものとして感じるようになりました。

           

          社会の安定と持続的な発展は、決して一部の有名大学出身のエリートだけで達成できるものではありません。小企業の経営者として長く仕事を続けてきて一番感じたのは、社会の基礎を支える中流以下の人々が最低限必要な知識を教育によって身につけ、職業生活を通じてそれを発展させていくことにこそ、社会全体の成長と発展が期待できるということでした。

           

          その意味で、シンガポール国立大学をアジアNo.1の大学にし、エリート教育に成功したシンガポールが、今後、落ちこぼれ教育にさらにどのように取り組んでいくのか、娘の成長を見守りつつ、非常に期待しています。

          | 後藤百合子 | シンガポール社会 | 17:06 | - | - |
          ロヒンジャ問題に揺れるミャンマーとバングラデシュを歴訪したローマ教皇の言葉
          0

            JUGEMテーマ:国際社会

            ローマ教皇フランシスコが6日間にわたるミャンマー、バングラデシュ訪問を終えて昨日、帰国されました。

             

            ロヒンジャ問題に揺れるこの時期に両国をローマ教皇が訪れ、ミャンマー軍総司令官、ミャンマー政権の実質上トップであるアウン・サン・スーチー氏や仏教指導者たち、バングラデシュ大統領やバングラデシュのイスラム教指導者たちなどと会談したことには重要な意味があります。

             

            特に、イスラム過激派のターゲットになる危険を冒してまで、人口の0.2%あまり35万人しかカトリック教徒がいないバングラデシュを31年ぶりに教皇が訪れ、イスラム教徒などカトリック教徒以外も含めた10万人もの人々を集めてミサを執り行ったという歴史的事実は、歴史上初の南米出身者である教皇フランシスコをトップに選んだ現在のヴァチカンが目指しているものをはっきりと見せてくれたように思えます。

            今日この集いにカトリックの若者たちばかりではなく他の宗教の若者たちも来てくれていることをわたしは大変嬉しく思います。これはたとえ宗教が異なっていてもお互いに手を差し伸べ合い、一致と和合の精神を促進しようとの皆さんの堅い決心を如実に表しています。

            たとえそれぞれが異なっていても、共に共通善のために一致して働くこと、わたしは皆さんこれを心からお勧めし励ましたいと思います

            バチカン放送局より

             

            2ヵ国訪問中、シンガポールでも連日テレビニュースで教皇の様子が報道されていましたが、このバングラデシュでのメッセージを伝える映像中では、イスラム教徒と思われる若い男性が涙を流して聴き入る姿が映し出され、私も深く感動しました。

             

            以前の記事にも書いたことがありますが、敬虔な仏教徒が大半を占めるミャンマーでは、仏様をポップなイラストにしただけで「宗教侮辱罪」が適応され外国人が逮捕されるなど、非常に排他的な宗教観が社会的に共有されています。ロヒンジャだけでなく軍政権時代にはカチン族を筆頭とするキリスト教徒に対する弾圧が激しく、当時これを逃れて日本に亡命した方々が今も高田馬場などに多く住んでおられます。

             

            今回、教皇フランシスコはミャンマー教会関係者に配慮して、ミャンマー滞在中は「ロヒンジャ」という言葉を意識して使わなかったと人権活動家らから非難されたといいますが、バングラデシュではイスラム教徒であるロヒンジャを保護してくれたことに対し、バングラデシュ政府や宗教関係者に謝辞を述べるなど、宗教の垣根を超えた宗教家としての姿を示されました。

             

            長らく正統派カトリックから異端視されていた「解放の神学」の本場、南米アルゼンチンの労働者階級に生まれ、初の南米出身教皇となった教皇フランシスコは、これまでもカトリックで長らくタブー視されてきた同性愛者を容認する発言や、イースターの重要な儀式である洗足式でイスラム教徒やヒンズー教徒難民の足を洗ってキスをするなど、寛容さを第一に説き、宗教を問わず貧しい人々、苦しんでいる人々、抑圧された人々と共に歩んでいこうとする姿勢を鮮明に打ち出しています。

             

            教皇フランシスコにとどまらず、他のキリスト教諸派、イスラム教、仏教、ヒンズー教など世界の宗教指導者たちがさまざまな立場でこのような声をあげ続けてくれれば、宗教や民族の対立が次々と表面化して起こっている世界的混乱や惨事も解決への道が開かれるのではないでしょうか。

            | 後藤百合子 | グローバル社会と宗教 | 12:46 | - | - |
                 12
            3456789
            10111213141516
            17181920212223
            24252627282930
            31      
            << December 2017 >>
            + PR
            + SELECTED ENTRIES
            + CATEGORIES
            + ARCHIVES
            + MOBILE
            qrcode
            + PROFILE