ASIAN NOMAD LIFE

日本、香港、中国で生活・仕事をしてきてシンガポール在住8年目。
「みんな違う」環境で小学校低学年から高度なチームブィルディング教育を行うシンガポール
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    2015年の学習到達度調査(PISA)の「協同問題解決能力調査」で52ヵ国‣地域中、日本の高校生の平均点が第2位になったことが発表されました。

     

    PISA結果の国別比較ではこちらでダウンロードできますが、科学的リテラシー、読解力、数学的リテラシーのすべての分野でシンガポールがトップ。シンガポールは年々順位を上げてきており、徹底した詰め込み教育の成果が出ていることがうかがわれますが、今回はこの「共同問題解決能力調査」でも1位となりました。

     

    日本の基準で考えると、入学枠が限られた国立大学進学への切符を手にするために、幼稚園から熾烈な学力競争を強いられるシンガポールの教育システムで、グループでの問題解決能力が発達するというのはどうにも不思議な気がします。

     

    そこで改めて、小2の子どもの「Character and Citizenship(人格と市民教育)」の教科書を読んでみると、なるほどと思わせられました。

     

    ご存じの通り、シンガポールは他民族国家の国です。

     

    中国系の華人が約75%を占めて最も多いのですが、イスラム教徒のマレー系が13%、インド系が9%、そしてその他の民族が3%、国民及び永住者として暮らしています(特に私自身も含む「その他の民族」はこの50年ほどで比率が3倍近く増え、教科書にはフィリピン系の子どもも登場します)。また、国民と永住者以外の外国人も165万人おり、全人口の3割を占めています。

     

    このような人口構成では、日本の多くの小学校のように「みんな同じ」という前提は通用しません。

     

    皮膚の色などの外見、家庭で使っている言語、宗教や習慣、食べ物、さらには家庭の経済状況(貧富の差は日本に比べても非常に大きいです)に至るまですべてが違うわけで、当然、親や本人の価値観や考え方もまったく違います。

     

    その中で強調されるのが、違いを尊重した上で、それを超えて共同して問題解決にあたるという論理の組み立てです。

     

    教科書には、各民族の食べ物や祝日の違いはもとより、ラマダーンで断食中のイスラム教徒の子どもが「食べるものがない人のことを覚えて」断食しているという、信仰内容の説明を同級生にする章もあります。

     

    中でも私が最も興味深く読んだのは、次の章でした。

     

    ある子供が音楽のグループレッスンに遅刻した上に楽譜を忘れたため、他の子どもと口論になり、その子どもが遅れた子供を突き飛ばします。

     

    突き飛ばした子供は先生の部屋に連れて行かれ、信号機の絵が描かれたポスターを見せられて、

     

    赤「思ったことをすぐ行動に移さないで、まず深呼吸して1から10まで数える」

    黄「いろいろな選択肢とその結果を考え、その後、どれを選ぶか決める」

    緑「選んだことを実行する」

     

    と先生から説明されて諭されます。その後、グループレッスンに戻って突き飛ばした子供に謝ると「僕も遅れて悪かった。次は改めるよ」と言われて大円団。

     

    途中で、「遅れた子どもはどうしなければならなかったのか」とか「突き飛ばす代わりに何をしなければいけなかったのか」というごくごく一般的な設問も入りますが、「ポスターに書いてあるような方法をとった場合ととらなかった場合の違いは何か」とか「自分がその子だったらどのよう行動するか」など、かなり思考力が要される設問も入ります。これを、教室で子供たちがグループ討論するのです。

     

    正直、たかだか8歳の子供にこのようなセルフコントロール法を教え、解決方法を考えさせる教育手法にかなり驚きました。

     

    遅刻する子も、かっとしてすぐに手が出てしまう子も、それぞれの個性です。

     

    我が家の娘はかなり重度のADHDで、薬を飲んでいないと授業中椅子に座っていることができず教室を歩き回ってしまいますが、それもある意味、個性と言えるでしょう。

     

    ただ、このような個性をただ野放しにしていたり、「こうしてはダメ」としてはいけないことを教えるだけでは、もともとバラバラな個が集まった集団で成果を上げることは不可能だと思います。そのために、自分で自分をコントロールし、結果を予測した上で実行させる方法を小学校低学年から学ばせているのだと思います。

     

    このような視点で日本の小学1,2年生の道徳の教科書を読んでみると、レベルの違いに唖然とさせられます。

     

    熾烈なサバイバル競争を子供に強制するシンガポールの詰め込み教育には私はあまり賛成しませんが、このようなセルフコントロールやチームビルディングの実際的な思考力を養う教育は、日本でもぜひ見習うべきだと強く感じました。

    | 後藤百合子 | シンガポール子育て | 16:29 | - | - |
    障がいがわかって改めて感じた子どもへの愛
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      JUGEMテーマ:幸せなお金と時間の使い方

      ■ADHDと診断された娘

      7歳の娘がADHDと診断されました。

       

      ADHD(Attention Deficit Hyperactivity Disorder)とは注意力を保持したり、じっと同じ姿勢のまま座っていたりすることができないという脳の欠陥が引き起こす発達障がいです。

       

      このうち、忘れものが多い、他の人の話を集中して聞けないなど集中力の欠陥は「ADD(注意力欠陥)」と、じっとしていられない、授業中でも立ってうろうろしてしまう、一方的に自分の話したいことを話すなど「多動性」「衝動性」欠陥と言われ、娘はこの両方ともがある「混合型」に分類されました。

       

      ジョンソン&ジョンソン社が発行している「ADHDの子をもつ親へのガイド」によれば、ADHDは20人に1人の割合で現れ、障がいとしてはかなりポピュラーな部類に入ります。有名なところでは女優のウーピー・ゴールドバーグさんやヴァージングループのリチャード・ブランソン会長がADHDだそうで、世界的ベストセラーになった黒柳徹子さん著『窓際のトットちゃん』のトットちゃんもADHDと思われる、と娘の学校のカウンセラーの先生が言っていました。

       

      このくらい一般的ですので、障がい者とはいえ、身体障がいや重度の知的障害の方々とは違い、一見すると健常者とほとんど変わりません。

       

      しかし、一方で、ADHDによる注意障害や多動などにより、自動車事故は障がいをもたない人と比べて約4倍、離婚や別居などは約3倍、麻薬やアルコール依存症などの危険は50%増加、学業や仕事が続かない割合は35〜46%増加するそうです。

       

      また、そこまでいかなくても、約束を忘れて守れなかったり、衝動性が「KY」な行動と見られて人間関係がうまくいかなくなったり、学業や仕事でも集中力がないため結果が出せないなど、成長につれて問題は解決しないどころか、却って深刻さを増していくようにも思えます。

       

      ■子どもに障がいがあることがわかったら

      実は、養子縁組の手続きを始めたとき、私が一番恐れたのが「もし子どもに障がいがみつかったらどうしよう?」ということでした。

       

      日本の特別養子縁組と同じで、シンガポールの養子に関する法律でも、一度子どもを養子として迎え入れて認められたら、その子どもを生みの親に返すことはできません。当たり前といえば当たり前の話であり、「障害があることがわかったから養護施設に戻す」などというのはもってのほかだとは思いますが、もしそうなった場合、「どうして養子なんてもらってしまったのだろうか?」という後悔や、さらに「この子さえいなかったら私の人生は違ったのに」という子どもへの憎しみが募っていったらどうしよう、という不安が消えなかったのです。

       

      そこで相談したのが、重度障がい者の息子をもつ社長仲間の1人でした。

       

      養子ではないものの、幼児のうちに障がいがみつかり、「1人では歯も磨けない」息子を夫婦で育てている彼に思いきって「障がい者の子どもをもつ気持ちってどんなもの?」と聞いてみました。

       

      「障がいがわかったときはショックじゃなかった、っていったらウソになるけど、障がいがあるからと言って子どもがかわいいことには変わらないし、逆に、僕たちがいなかったらこの子が生きていけない、って思ったら余計に愛おしく感じるものだよ」と彼は答えてくれました。

       

      まったく彼が言った通りで、私も今回、娘の障がいがわかって「障がいがあるこの子が、少しでも生きやすいように親としてできるだけのことをしたい」という強い気持ちを感じました。日常生活ではさして気にすることもない子どもへの愛情が、ふつふつと心の中から沸きあがってくるを、改めて認識したのです。これは夫も同じだと思います。

       

      ■子どもは成長、親も成長させられる。

      『産まなくても、育てられます』の中で著者の後藤絵里さんは、実子も養子も育てたらどちらも変わらず「自分の子」になると繰り返し語っていますが、我が家でもまったく同じで、普段は養子ということを意識することさえありません。

       

      一方で、これから数年後に迎える思春期を通じて、子どもが親離れして自立をしていく過程で、実子よりも養子である娘が余計に抱え込まなければならない心理的葛藤は多いだろうし、さらに障がいという要素が加わることにより、娘の問題が大きくなるであろうことはじゅうぶん予測できます。

       

      また、日本とは違い、ここは小学校入学以前から過酷な勉強が始まるシンガポールであり、息つく暇もない勉強漬けの毎日に必死でついていかなければなりません。普通の子どもでも大変なのに、障がいをもつ娘にとってはさらに大きなチャレンジであるとは思いますが、小学校の先生やカウンセラーの方々の協力も得て、何とか娘が大好きな学校に通い続けることができればいいなと思います。

       

      こうしていろいろな困難を乗りこえていくことにより、子は成長していき、親もまた、人間として成長させられていくのではないでしょうか。この年齢になってこんな経験ができるのも、養子を迎えることができたからだと感謝しています。

       

      ※よろしければ、こちらもお読みください。

      書評:『産まなくても、育てられます 〜 不妊治療を超えて、特別養子縁組へ』後藤絵里(著)

       

      | 後藤百合子 | シンガポール子育て | 16:36 | - | - |
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