ASIAN NOMAD LIFE

日本、香港、中国で生活・仕事をしてきてシンガポール在住8年目。
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    映画評『ペルセポリス』:もしも今、宗教革命が起きたら。
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      JUGEMテーマ:政治

       

      シンガポールでは今週末まで仏大使館主催によるフランス文化振興フェスティバル「Voilah!」開催中。エスプリの国フランスだけあって気のきいた催しが目白押しなので、毎年楽しみにしています。

       

      今年はフランスのアニメ映画数本が上映されたので、そのうち2本を観てきました。1本目は娘と一緒に楽しんだ『パリの猫』という映画。そして2本目が今回ご紹介する『ペルセポリス』です。

       

      『ペルセポリス』はイラン革命勃発のちょうど10年前、1969年生まれのコミック作家、マルジャン・サトラピによるフランス語による自伝コミックを映画化したもの。

       

      前国王から続いた王政下、お酒や西洋文化の流入はあり、ヒジャブはなしの自由な生活を謳歌していたイラン人の一般庶民たちが、革命をきっかけにイスラム原理主義に生活をすべてコントロールされていく様子が描かれます。

       

      主人公マルジはブルース・リーが大好きな活発な小学生。インテリらしき両親と筋金入りの進歩主義者の祖母の元伸び伸びと育ちますが、革命を境に生活は激変。前体制で共産主義者として投獄されていた大好きな叔父が解放されて喜んだのも束の間、獄死。

       

      また、女性はすべてヒジャブ&体のラインを隠す衣服が義務づけられ、お酒はもちろんご法度。男女交際や欧米文化もすべて禁止されます。そしてイラン・イラク戦争が勃発。テヘランの街は爆撃に晒され、数十万人の若者や市民が死んでいきます。

       

      型にはまらない発想と信念を曲げない頑固さを併せ持つマルジは体制や戦争に疑問をもって教師や宗教警察にマークされるようになり、心配した両親はマルジをオーストリアに留学させることに。

       

      しかし、そこでもイラン人という自分のアイデンティティを消化できないマルジは行き場を失くしていったん帰国。テヘランの大学に入学するもやはり自分の居場所をみつけることができず、再度フランスにわたって新たな人生を始める、というところでお話は終わります。

       

      アニメーションは最初と最後を除き、ほぼ全編がモノクロで描かれます。これは人種や国の違いに関わらず、こんな状況に人々が追いやられる可能性がいつもある、ということを知ってほしかったためだといいます。この作者(兼監督)の希望通り、ペルセポリスのコミック単行本は世界各国で出版されて累計150万部の大ヒット作となり、映画は2008年のアカデミー賞候補にもなりました。

       

      パンク音楽が大好きで、ピュアな恋愛に憧れるちょっと反抗的で理屈っぽいけれどいたって普通な思春期の少女のマルジの姿は、まるで私自身の子ども時代を見ているようで、もしも自分が日本でなくイランで彼女のように育ったらどうなっていただろう、と本気で考えてしました。

       

      もう一つ、映画の中で最も印象に残ったのは、困難の中で奮闘するマルジを温かく見守る祖母の存在。

       

      結婚したものの夫婦仲がうまくいかず悩むマルジを「1回目の結婚なんてただの練習。分かれてからのほうが本番よ」と誰も離婚などしなかった時代に離婚した過去を話して励まし、夫や息子が投獄された話を淡々と語るいっぽう、宗教警察に隠れて密造酒を作って販売したりとしたたかな面も見せてくれます。

       

      マルジが自分の身を守るためにまったく関係ない見知らぬ人を悪者に仕立て上げ、宗教警察に通報したという話を聞いた時には激昂し、「人生で一番大切なのはインテグリティ。そんなことをするなんて恥を知れ!」と叱り飛ばし、マルジが一人で異国に旅立つ前の晩には一緒に寝て「これから人からひどい扱いを受けることもたくさんあるだろうけれど、そんな人たちに関わっていてはだめ。自分のことだけを考えなさい」とやさしく諭します。

       

      映画の中でたびたび描かれるジャスミンの花のモチーフはこの祖母の象徴であり、たとえ傍にいなくても常に祖母が守ってくれているという安心感がマルジの心の支えでもあるのです。

       

      ヨーロッパに残ることを決意したマルジはこの作品により成功を収めて初心を貫きますが、イラン政府が上映を決定した映画祭に抗議するなど、作者にとっても決して問題のすべてが解決した、というわけではありません。

       

      しかし、2016年のオバマ大統領による米イランの核合意により、現在のイランの政治状況は体制派と開放派の勢力がせめぎ合っています。その中で、ヒジャブを脱ぎ捨てる女性の写真が海外メディアのニュースに掲載され、イラン庶民の生活も変わりつつあることが推察されます。

       

      戦争や政治状況によって私たち庶民の生活はいとも簡単に大きく変えられてしまいますが、そんな中でも「インテグリティ」を保ち、常に正しいと信じることを勇気をもって行い続けることこそが最終的には絶対に変わらないと思われる政治の変化にもつながるのだ、ということをこの作品が教えてくれるような気がします。

      | 後藤百合子 | グローバル社会と宗教 | 19:19 | - | - |
      書評:「ゲノム解析は「私」の世界をどう変えるのか? 生命科学のテクノロジーによって生まれうる未来」
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        JUGEMテーマ:ビジネス

        ■進化論から二重らせん、そしてヒトゲノム解析へ

        19世紀のダーウィンの進化論から、20世紀半ばのワトソンらによるDNA二重らせんの発見、そして1980年代に構想されて1990年から実際に着手された、人間のもつDNAの遺伝情報をすべて解析するヒトゲノム計画へ。

         

        私の学生時代にはドーキンスの「利己的な遺伝子」がローレンツの「攻撃」と共に人文系学生必読の書でしたが、いっぽうでゲノムに関してはまだ言葉そのものが普及し始めたばかりで、「ヒトゲノム計画が始まって人間の遺伝情報が解析されたらこれからすごいことになるかもしれない」段階でした。

         

        著者の高橋祥子さんは1988年生まれ。

         

        物心ついたときにはヒトゲノム計画が始まっており、ご本人も書いておられるように中学卒業の頃にはすでにヒトゲノムの解析が終了(2003年)。2006年に京都大学農学部に入学する頃には、パーソナルコンピュータの処理速度が飛躍的に上がってインターネットが広く普及し、ヒトゲノムに関する膨大なデータが国家プロジェクトで使われるような巨大コンピュータではなく、アマゾン、グーグルなどのクラウド環境に蓄積されて利用される素地が整いつつありました。

         

        国際プロジェクトだったヒトゲノム計画で人間1人のヒトゲノムを解析するために必要だった年数は10年以上、費用は3500億円もかかっていますが、解析機器の登場により解析スピードが向上し、現在では1人分のゲノム解析が10万円以下でできるようになりました。将来的には1人あたり1万円程度、しかも一瞬でゲノム解析ができるようになるといいます。

         

        まさに長足の進歩ですが、問題はこうして一般庶民に手の届くコストになったゲノム技術で、これからの科学が何をしていくか、ということです。

         

        ■「私のすべてがデータ化されていく」

        2013年、女優のアンジェリーナ・ジョリーさんが、ゲノム解析の結果をふまえて乳房を切除し、その後卵巣も摘出しました。

         

        アンジェリーナさんがこの手術を受けたのはBRCA1という遺伝子に変異があることがわかったからで、この変異により白人女性では障害に乳がんになる確率が87%、卵巣がんになる確率が50%であるといいます。

         

        著者はこの例を、遺伝子情報の特許によって解析料金が高額になっている、という文脈の中で引用しており、結果として切除手術が正しい選択かどうか、ではなく、どれだけ多くの人がこの検査を受けられる価格になるか、という点に力点を置きます。

         

        また、著者が経営する会社でのゲノム解析サービスで、遺伝子情報に基づいた300種類以上の特定の病気になる確率や体質を知らせると同時に、ヤフー株式会社と提携して500問のアンケートを実施し、身長や体重、既往症、年収、一人暮らし歴、性格などを調べてデータ化し、遺伝子との関連を探っていくという意欲的な試みを語ります。

         

        このようなゲノム関連のデータ収集は世界的な潮流になっており、2016年には南カリフォルニア大学の研究チームが約30万人を対象にした解析により、学業成績に関係する遺伝子解析情報を発表しているそうです。

         

        また、2015年にアップル社が始めたiphoneやアップルウォッチで採取した健康や運動に関するデータを研究者に自動的に送信するシステムや、その他のアプリで集められたデータが遺伝子解析応報と結びついたら、更にどのゲノムが特定の病気に関連しているのかがわかるようになる、つまりビッグデータとゲノム解析データの結合により、「私」全体がデータ化され、解析されることが可能になるというのです。

         

        ■「私」の行動ビッグデータと遺伝子ビッグデータが結びつくとき

        ここまできたら次の段階で何が起こるのか? という象徴的な出来事が本書で紹介されています。

         

        2015年、中国の研究チームがヒトの受精卵にゲノム編集をした、という研究事例です。

         

        この事例発表により研究チームは世界中から非難されたといいますが、その後も中国から同様の事例が2件あり、2017年にはアメリカでも同様の実験を行ったといいます(受精卵は受精1週間後まで正常に細胞分裂をすることが確認されてから破棄)。

         

        受精卵の遺伝子情報操作については、「どのような悪影響が生じるのか未知数な中、生殖細胞や受精卵にゲノム編集するのは無責任ではないか、というのが多くの研究者の見解です」と著者は語りますが、「テクノロジーの登場によって不可能だったことが可能になり、想像でしかなかった出来事が現実のものになるかもしれない事例でもあります」と続けます。

         

        私がこれで思い出したのは、ウォール・ストリート・ジャーナルのこの記事です。

         

        独立運動が沈静化しない中国ウィグル自治区では、至るところに監視カメラが設置され、個人の行動がすべて特定されます。これらのデータは個人を特定するビッグデータとなり、個人のプライバシーや行動の自由は存在しません。

         

        ここまで極端でなくても、スマホのGPS機能やSNS情報、ショッピング情報などにより、現在、世界中の人々の行動や性向もデータ化され日々、蓄積されています。

         

        ゲノム情報のクラウド保存先二大大手がアマゾンとグーグルという事実に象徴されるように、「遺伝子の一本釣りから底引き網漁法へ」変化するゲノム解析ビッグデータが、行動や性向情報の行動ビッグデータと結びついたとき、私たちが庶民がこれまで経験してきた「匿名性」の世界は音をたてて一挙に崩れ落ちることでしょう。

         

        ■テクノロジーの進化に歩を合わせた生命科学倫理の議論を

        著者が繰り返し語るように、テクノロジーの進化は誰にも止めることができません。技術には進化するという本質があるからです。

         

        しかし、著者が「サイエンスは、私にとって純粋で崇高なものに該当します」と書くと同様に、著者より少しだけ長く生きてきた私のような者には、純粋で崇高なはずのサイエンスが濫用されたことによって引き起こされた悲劇の数々も頭を離れません。

         

        折しも、昨日、親族のクリスマス会でいろいろな話をした際、来年シンガポール国立大学に入学することが決まっている甥っ子が、生命科学を専攻したいので願書を出している、と嬉しそうな顔で話をしてくれました。

         

        著者をはじめ、科学の未来を信じて疑わない若い人たちの希望が絶望に変わらないよう、テクノロジーの進化スピードに負けない、国を超えた生命科学倫理の早急な議論とノーム構築が必要とされています。

        | 後藤百合子 | グローバル社会と宗教 | 18:09 | - | - |
        ロヒンジャ問題に揺れるミャンマーとバングラデシュを歴訪したローマ教皇の言葉
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          JUGEMテーマ:国際社会

          ローマ教皇フランシスコが6日間にわたるミャンマー、バングラデシュ訪問を終えて昨日、帰国されました。

           

          ロヒンジャ問題に揺れるこの時期に両国をローマ教皇が訪れ、ミャンマー軍総司令官、ミャンマー政権の実質上トップであるアウン・サン・スーチー氏や仏教指導者たち、バングラデシュ大統領やバングラデシュのイスラム教指導者たちなどと会談したことには重要な意味があります。

           

          特に、イスラム過激派のターゲットになる危険を冒してまで、人口の0.2%あまり35万人しかカトリック教徒がいないバングラデシュを31年ぶりに教皇が訪れ、イスラム教徒などカトリック教徒以外も含めた10万人もの人々を集めてミサを執り行ったという歴史的事実は、歴史上初の南米出身者である教皇フランシスコをトップに選んだ現在のヴァチカンが目指しているものをはっきりと見せてくれたように思えます。

          今日この集いにカトリックの若者たちばかりではなく他の宗教の若者たちも来てくれていることをわたしは大変嬉しく思います。これはたとえ宗教が異なっていてもお互いに手を差し伸べ合い、一致と和合の精神を促進しようとの皆さんの堅い決心を如実に表しています。

          たとえそれぞれが異なっていても、共に共通善のために一致して働くこと、わたしは皆さんこれを心からお勧めし励ましたいと思います

          バチカン放送局より

           

          2ヵ国訪問中、シンガポールでも連日テレビニュースで教皇の様子が報道されていましたが、このバングラデシュでのメッセージを伝える映像中では、イスラム教徒と思われる若い男性が涙を流して聴き入る姿が映し出され、私も深く感動しました。

           

          以前の記事にも書いたことがありますが、敬虔な仏教徒が大半を占めるミャンマーでは、仏様をポップなイラストにしただけで「宗教侮辱罪」が適応され外国人が逮捕されるなど、非常に排他的な宗教観が社会的に共有されています。ロヒンジャだけでなく軍政権時代にはカチン族を筆頭とするキリスト教徒に対する弾圧が激しく、当時これを逃れて日本に亡命した方々が今も高田馬場などに多く住んでおられます。

           

          今回、教皇フランシスコはミャンマー教会関係者に配慮して、ミャンマー滞在中は「ロヒンジャ」という言葉を意識して使わなかったと人権活動家らから非難されたといいますが、バングラデシュではイスラム教徒であるロヒンジャを保護してくれたことに対し、バングラデシュ政府や宗教関係者に謝辞を述べるなど、宗教の垣根を超えた宗教家としての姿を示されました。

           

          長らく正統派カトリックから異端視されていた「解放の神学」の本場、南米アルゼンチンの労働者階級に生まれ、初の南米出身教皇となった教皇フランシスコは、これまでもカトリックで長らくタブー視されてきた同性愛者を容認する発言や、イースターの重要な儀式である洗足式でイスラム教徒やヒンズー教徒難民の足を洗ってキスをするなど、寛容さを第一に説き、宗教を問わず貧しい人々、苦しんでいる人々、抑圧された人々と共に歩んでいこうとする姿勢を鮮明に打ち出しています。

           

          教皇フランシスコにとどまらず、他のキリスト教諸派、イスラム教、仏教、ヒンズー教など世界の宗教指導者たちがさまざまな立場でこのような声をあげ続けてくれれば、宗教や民族の対立が次々と表面化して起こっている世界的混乱や惨事も解決への道が開かれるのではないでしょうか。

          | 後藤百合子 | グローバル社会と宗教 | 12:46 | - | - |
          「自分と他人の権利」を同様に尊重する大人の社会
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            JUGEMテーマ:国際社会

            ■イスラム教女性のヒジャブやブルカ禁止にみる欧州諸国の根本姿勢

            今年3月、欧州司法裁判所が、EU加盟国の企業が職場でイスラム教女性の職場でのヒジャブ(髪を覆うスカーフ)を禁止することができる、という判決を下しました。

             

            これは2003年、ベルギーのイスラム教女性が、働いていた職場でヒジャブ着用を理由に解雇になったことを不服として起こした裁判で、判決の理由は、宗教による差別は禁止されているが、企業が社内規定で「政治的、哲学的、または宗教的信条を表わすもの」を身につけることを禁止しても直接的な差別には当たらないというものでした。

             

            機を同じくして、ドイツのバイエルン州でも8月から、公共施設内で顔全体を覆うブルカやニカブの着用を禁止。これには独メルケル首相も「法の規制が可能な限り、禁止されるべきです。私たちの法律は社会儀礼や、部族や家族間のルール、そしてシャーリア(イスラム法)より優先されます。このことは明確に説明していく必要があります。人とコミュニケーションするときは、顔を見せることが重要なのです」」と、支持を表明しています。

             

            フランスではさらに以前から、公立学校ではヒジャブを、公共の場所ではブルカやニカブを禁止しており、ブルカとニカブについては、ベルギーやスイスのティチーノ州でも禁止(スイスの全国的禁止法案は上院で否決)されています。 ティチーノ州のブルカ禁止令は観光客にも適用されますが、今年初めて女性の車の運転を認めた厳格なイスラム教国のサウジアラビアは、「法を遵守」するよう呼び掛けており、国家間の深刻な対立は起きていません

             

            女性の顔をすべて覆ってしまうブルカやニカブと違い、頭を覆うだけのヒジャブについては欧州でも大方の対応は緩やかで、EU脱退を表明したイギリスでは、ヒジャブを警官の制服の一部に取り入れるなど、ヒジャブについては欧州でも対応が分かれるようです。 

             

            いっぽうで、衛生上の理由からイギリスの一部病院ではスタッフのヒジャブ着用を禁止しており、こちらは論争が続いています。

             

            これらのニュースを読んでいると、おぼろげながら大量の移民を受け入れつつ将来に向けて進んでいこうとする欧州諸国の考え方が見えてくるような気がします。

             

            それは、個人の思想・信条を尊重しながらも、様々な思想・信条をもつ人々が共生する公共の場では、それを公にしないでほしい、端的に言えば「他の人が見たくないといっているものを見せないでください」ということではないでしょうか?

             

            ■「猥褻」や「不愉快」を禁じる功利主義的妥協法

            英語では通常、猥褻な事柄を形容するのに「obscene」という言葉が使われます。

             

            前回のブログ記事で、シンガポールであるアパレルメーカーのビル広告が撤去された、という話を書きましたが、このときも「obscene」という言葉が使われました。

             

            もう少し詳しくこの顛末を説明すると、ある若者向けのアパレルブランドが、オーチャードロードという、日本でいえば銀座に相当するショッピング街のビルに男性の裸の上半身の写真の巨大ポスターを設置。これを見た市民が新聞に「このようなobsceneな広告は景観にそぐわず不快である」と投稿し、これに賛同する人々が口々に同様の感想を表明したことから、自主的に撤去されたのです。

             

            辞書で調べるとわかりますが、obsceneという言葉には、性的な「猥褻」という意味以外にも、品位を乱すとか、非常に不愉快であるとか、道徳的に許されない、というような意味があります(例えば、あるオンライン辞書には「The salaries some bankers earn are obscene.」という例文が掲載されています)。

             

            確かに、ビーチやプールに行けば上半身裸の男性は大勢いますし、それを猥褻であるという人はいないでしょう。しかし、もし銀座にこのような恰好の男性が大勢歩いていたら、日本でも非難されることは間違いありません。

             

            欧州裁判所の判決もこの考え方に近いものがあると思います。

             

            例えば、職場に「トランプ大統領の退陣を!」とか「ナチス万歳!」とか書いたメッセージTシャツを着ていったとしたらその意見に賛同できない人は仕事に集中できないでしょうし、熱心な仏教徒がムダな殺生を許さないとしてゴキブリがいる環境を病院で放置したら、病院運営そのものが成り立ちません。

             

            これは極端な例かもしれませんが、いろいろな出自や考え方の人たちが集まる欧州だからこそ、個人は尊重しながらも最大公約数の利益を追求するというベンサム的功利主義の妥協的手法をとっているのだと思います。

             

            もちろん、ここには「最大多数の」という意味も含まれますので、将来的に欧州のイスラム人口が増えた場合、これらの規制が正反対になる可能性も否定できません。

             

            ■「成熟した大人の社会」は他人の権利に寛容と規制で臨む

            現在の日本での受動喫煙防止法の流れも、同じ考え方からきていると思います(個人の権利まで否定する自宅での喫煙禁止には議論の余地があると思いますが)。

             

            経済発展ただ中の新興国では通常、自分や自分の家族の豊かさの追求に必死で、他人の権利や公衆道徳などは二の次です。

             

            日本でも同様で、私が子供の頃、高度経済真っ最中の時代には、とにかく公衆トイレが汚く、家族旅行にでかけるときもトイレのことを考えただけで憂鬱になった記憶があります。また、バブル期あたりまでは、職場に女性のヌードポスターが貼ってあったり、男性上司が挨拶がわりにOLのお尻を触るなど日常茶飯事でした。それらを考えると、日本も経済だけでなく社会的にもこれだけ成熟したのだという感慨を覚えます。

             

            日本も、ドイツをはじめとする欧州も、70年前の焼け跡から復活して経済成長を遂げ、「成熟した大人の社会」になった現在だからこそ、自分自身と他人の幸福追求の権利に対し、同等な想像力をもって再考するステージに立たされているのだと思います。

            | 後藤百合子 | グローバル社会と宗教 | 13:43 | - | - |
            人身売買? 政治難民? 波紋広がるロヒンギャ人問題
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              JUGEMテーマ:国際社会
              「バングラディッシュからの人身売買組織を告発」という内容でシンガポールの新聞The Straits Timesの報道が始まったのが今月頭でした。この記事によると、マレーシア国境に住む人身売買組織のリーダーのタイ人が逮捕され、監禁されていたロヒンギャ人がみつかったと報道されています。
               
              そもそもロヒンギャ人とは、ミャンマーとバングラディッシュの国境一帯に住むイスラム教少数民族で、仏教徒のミャンマー人やミャンマー政府から長期間にわたり迫害を受けてきたとされます(ミャンマー政府はミャンマー自由化に伴いバングラディシュから流入と主張)。ただ、もともとの国籍がどちらなのかも判然とせずバングラディッシュ領内にいる人々も多いようで、以前から国連などで「世界で最も迫害されている少数民族」として取り上げられることもあったようです。
               
              しかし今回、特に問題が大きくなったきっかけは、タイで地元政治家を含む人身売買を行っていた組織が大々的に摘発され、その結果、すでにボートに乗ってバングラディッシュやミャンマーを出航してしまったロヒンギャ人たちが行き場を失い、ベンガル湾からマラッカ海峡にかけての海を漂流することになってしまったからです。
               
              The Straits Timesによると、今年1月から4月までに国外に向けて出国した人々は推定25,000人、これまでに死亡が推定されたのは約300人、乗船にあたってはUS90370ドルを支払い、タイかマレーシアにぶじ到着したらUS2,000ドルと引き換えに解放される、というシステムだったそうです
               
              ただ、現在漂流している人々の中で圧倒的多数を占めるのは、出稼ぎを目的に密入国しようとした若年男性。ロヒンギャ人のみならずバングラディッシュ人も決して少なくありません。違法就労が目的の移民を入国させるわけにはいきませんので、マレーシア、タイ、インドネシア、オーストラリアなどの政府は受け入れを拒否し、バングラディシュに追い返そうとします。
               
              しかし、なぜかこのあたりから西欧メディアには「ミャンマー政府に迫害された政治難民」という報道がめだってきます(シンガポールのテレビニュースで見る限り、保護された難民の中に女性や子供たちを見ることはめったになく、ほとんどが10〜20代前後の男性)。
               
              そして、アルジャジーラも大々的に「イスラム教徒迫害」と報道するに至り、21日にはアフリカのガンビア共和国が「イスラム同胞のために」とボート難民の受け入れを表明。翌22日にはマレーシアがやっと重い腰を上げて漂流船の捜索と難民の保護に乗り出し、インドネシアも一時保護シェルターの提供に賛同しました。
               
              そもそも、この騒動、決して政治問題ではなく、人身売買という犯罪であったはずなのですが、本日のBBCニュースでは「父も国も家もなく 漂流するロヒンギャの子どもたちという人道問題になってしまっています。そしてもう一つの問題は、このロヒンギャ人がイスラム教徒であり、「アジア地域内でのイスラム教徒迫害」または、「イスラム教徒を助けないアジアのイスラム教国家」というイスラム過激派の格好の標的になりかねない側面をもっていることです。
               
              今月29日、ロヒンギャ人問題に対する国際会議には、しぶっていたミャンマー政府も代表を送ることに決定しました。 ミャンマー、バングラディッシュだけでなく、マレーシアやタイなど東南アジア地域全体に広がるロヒンギャ人問題は、今後の東南アジア地域の安定にとっても重要な問題となってくるのではと思われますので、問題の行方を注視していきたいと思います。
              | 後藤百合子 | グローバル社会と宗教 | 12:39 | - | - |
              「挑発してはいけない」-- 宗教対立に声をあげはじめた指導者たち
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                JUGEMテーマ:国際社会
                ■ついに発言に踏み切ったフランシスコ教皇
                15日からフィリピンを訪問しているフランシスコ・ローマ教皇がスリランカからフィリピンへ向かう途上でシャルリー・エブド社襲撃事件を念頭に置いた発言をされました。私が読んだ記事中で教皇発言の内容を最も詳細に報道していたのはAP通信配信の英語版毎日新聞です。
                 

                Francis, who has called on Muslim leaders in particular to speak out against Islamic extremism, went a step further Thursday when asked by a French journalist about whether there were limits when freedom of expression meets freedom of religion.
                "There are so many people who speak badly about religions or other religions, who make fun of them, who make a game out of the religions of others," he said. "They are provocateurs. And what happens to them is what would happen to Dr. Gasbarri if he says a curse word against my mother. There is a limit."
                フランシスコ教皇は、イスラム教リーダーたちとともにイスラム過激派への抗議を表明していたが、木曜日、表現の自由が宗教の自由と対立する場合、制限されるべきかとフランス人ジャーナリストに尋ねられ、さらに踏み込んだ発言を行った。「宗教や他の宗教について悪く言ったり、冗談の種にしたり、他人の宗教を弄ぶような態度をとる人々が非常に多いが、彼らは挑発者たちです。もしガスバリ博士(教皇の側近)が私の母を侮辱する言葉を口にしたならば起こることと同じことが彼らにも起こるでしょう。(表現の自由にも)限度はあるのです」

                 
                教皇はこう言うとパンチを繰り出すマネをして周囲を笑わせたといいます。
                 
                もちろん事件に関しては「このように恐ろしい暴力が神の名の下に正当化されることは決してありえないし、許しがたい行為」と前置きしてのことですが、フランスはもとより世界に広がる12億人のカトリック教徒のトップで「神の代理人」であるローマ教皇がこのように発言した意味は非常に大きいと思います。
                 
                イギリスのキリスト教サイト“Christian Today”教皇の発言をさらに紹介しています
                 

                Referring to past religious wars, such as the Crusades sanctioned by the Catholic Church against Islam, the Pope said:"Let's consider our own history. How many wars of religion have we had? Even we were sinners but you can't kill in the name of God. That is an aberration."
                イスラム教徒に対抗してカトリック教会が派遣した十字軍など過去の戦争にも言及し、教皇はこう述べた。「私たち自身の歴史も振り返ってみましょう。どれだけの宗教戦争を経験してきたでしょうか? 私たちはただでさえ罪人なのに、神の名をかたって人を殺すことはできません。許されないことなのです。」

                 
                同サイトの別の記事では「海外への移民や労働者が1200万人もいるフィリピン人を擁護する」発言をしたと書かれており、中近東やアフリカ諸国などからのイスラム教徒移民が多いヨーロッパの現状とフィリピンのカトリック教徒の現状を重ね合わせ、フランスでイスラム教徒が置かれている状況を慮っての発言とも取れます。
                 
                ■歴史上初めてキリスト教会のミサに出席したエジプト大統領
                いっぽう、事件直前の1月6日、エジプトのエル・シシ大統領はエジプト大統領として初めてエジプトのキリスト教であるコプト正教会のクリスマスミサに出席し、エジプトのコプト正教会最高指導者であるアレクサンドリア教皇と並んで「エジプト人の真の一致団結」と「差別なく互いを愛すること」を呼びかけました。
                 
                エジプトはご存知の通り、中東のイスラム教国家の中で指導的な役割を果たしてきた国ですが、人口の10%程度が古代キリスト教の流れをくむコプト教徒です。90%がイスラム教徒のエジプトにあってマイノリティであるキリスト教徒たちはたびたびイスラム過激派のターゲットとなり、つい最近もコプト教会を警護していた2人の警察官が殺害されました。そのような情勢の中、イスラム教徒であるエル・シシ大統領がコプト教会のミサに出席するという前代未聞の行動をとったのです(通常では戒律に厳しいイスラム教徒が他宗教の礼拝に出席することは考えられません)。
                 
                さらにエル・シシ大統領はイスラム教の指導者たちにもこう訴えます
                 

                President Al-Sisi has called for a "religious revolution" to tackle extremism. In a speech at the prestigious Al Azhar University this week, he told scholars that violent Islamist ideology, was "antagonising the whole world". He added: "Is it possible that 1.6 billion people [Muslims] should want to kill the rest of the world's inhabitants — that is 7 billion — so that they themselves may live? Impossible!
                エル・シシ大統領は過激派と対決する「宗教革命」を呼びかけた。今週、名門アル・アズハル大学での講演中、学者たちに対し、暴力的なイスラム原理主義は「全世界を怒らせて」いると述べた。「16億人のイスラム教徒が世界人口70億人の残り全部を殺して生き延びようと思っているなどということはあり得ない」
                 

                 
                『ワシントン・タイムズ』のコラムニスト、チャールズ・オーテル氏はエル・シシ大統領の姿勢を高く評価し、「エジプトが我々が進むべき道を指し示している」と書いています
                 
                ■イスラム過激派の最大の被害者はイスラム教徒
                10日にはナイジェリアでイスラム過激派ボコ・ハラムに拉致されたとみられる10歳の少女が市場で自爆テロをさせられ、パリの襲撃事件を上回る人数の、19人以上の方々が亡くなりました。少女は「自爆テロをしなかったらこの場で生き埋めにする」と脅され強要されたと報道されています。
                 
                昨年ノーベル平和賞を受賞したパキスタンの少女マララさんもイスラム過激派の銃弾を受けましたが、このように同胞であるはずのイスラム教徒を狙ったイスラム過激派のテロは枚挙にいとまがありません。彼らのテロリズムの最大の被害者は、実は私たちと同じように平和な生活を切望するイスラム教徒たちなのです。
                 
                CNNは「パリ襲撃後寄せられたイスラムに関する7つの質問という記事の中で、「多くのイスラム教徒はいまどう感じているか?」という質問に対し「一言でいって『フラストレーション』」と答えています。最大の被害者であるにもかかわらず、まるでイスラム教徒全員がテロリストのように見られていることに対する自然な感情だと思います。そして最も恐ろしいのは、このフラストレーションの中から新たな過激思想の芽が生まれてくることではないでしょうか?
                 
                ■憎悪と暴力の連鎖を断ち切るために
                イスラム過激派、テロリズムとの戦いは年ごとに激しさを増しています。タリバン、アルカイーダに始まりイスラム国、ボコ・ハラムなど、過激派の人数も組織も日に日に増殖しているような印象を受けます。イラク戦争の例でもわかるように、彼らの暴力に暴力で立ち向かうなら、結果はさらに憎悪と暴力の連鎖にしかつながらないでしょう。そして今回のシャルリー・エブド社襲撃事件では、言論の力もまた、使い方を間違えれば同じ結果を生むことが教訓として残されたと思います。
                 
                私たちがどのような方向に向かうべきなのか、いま、世界の指導者たちの中から新たな方向を示唆する声が上がっています。注意深く聞いていきたいと思います。
                 
                | 後藤百合子 | グローバル社会と宗教 | 00:36 | - | - |
                問われる「言論・表現の自由」と宗教
                0
                  JUGEMテーマ:シンガポール
                  今月7日、イスラム教預言者モハメッドの風刺で有名なフランスの新聞社シャルリー・エブド社がイスラム教徒と思われる男2人に襲撃され、編集長や風刺漫画家など12名の方々が亡くなりました。亡くなられた方々やご家族のことを思うと本当に胸が痛みます。どのような理由にせよ、暴力によって人を傷つけたり命を奪うというやり方は決して許されません。このような事件が二度と起きないよう祈りつつ、事件の背景を考えてみたいと思います。
                   
                  ■預言者モハメッドの風刺漫画を掲載し続けてきた新聞社
                  報道によると、犯人の男2人は逃走の際に「預言者モハメッドの敵討ちだ」と叫んだといいます。この新聞社は以前からイスラム教で神聖とされている預言者モハメッドの風刺漫画を掲載し続け、火炎瓶を投げいれられたり、反人種差別法で訴追されたりもしている、イスラム教を風刺することについては筋金入りの新聞社だったようです。
                   
                  このような編集方針を貫いてきた新聞社の真の目的が何なのか、残念ながら私には知るすべはありません。しかし、預言者として崇拝するモハメッドを風刺漫画で嘲笑されてきたフランスのイスラム教徒の方々の反発は容易に想像できます。今回の事件はある意味、起こるべくして起こってしまったともいえるのではないでしょうか。
                   
                  ■幼少から宗教教育を受けるイスラム教徒
                  シンガポールでは国民の約13%がマレー系イスラム教徒です。イスラム教徒の家庭に生まれた子供たちはほとんどが小学校入学の頃から週末にイスラム教の宗教クラスに通います。ここでは預言者モハメッドが神から啓示されたという聖典コーランの講義やお祈りの仕方などが教えられ、子供たちは日々の生活の中でどうマホメッドの教えを実践していくかを勉強していきます。
                   
                  大人になってからも宗教と一体の暮らしは続きます。一日5回のお祈りは多くのイスラム教徒が行っており、毎週金曜日は礼拝所であるモスクでの祈りと年1度の断食月が教義で義務づけられています。また、大人が生涯を通じて聖典コーランを学ぶ宗教クラスも多くのモスクで定期的に開催されています。私のシンガポールの親友はイスラム教徒ですが、彼女も長年にわたり熱心に宗教クラスに参加していて、イスラム教についてわからないことを聞くと教えてくれたり、即答できないときには宗教クラスの先生に聞いたり自分で調べたりしてくれます。このように多くのイスラム教徒にとって信仰と日常生活は密接に結びついていて、祈りやコーランはなくてはならない大切なものなのです。
                   
                  ■宗教への侮辱とは何なのか?
                  今回の事件で亡くなられた新聞社の編集長は以前、NHKのインタビューに応えて「イスラム教徒を侮辱するつもりはないが、風刺や批判をする自由は許されるべきだ」という意味のことを話していらっしゃいました。しかし、風刺や批判される人々にとって、どこまでが侮辱で、どこまでがそうでないのかは本人でないとわかりません。
                   
                  例えば、昨年12月、ミャンマーでニュージーランド人のバーのオーナーが「宗教侮辱罪」で逮捕されました。理由は、仏陀がヘッドフォンをつけているイラストを広告に使い、仏教を侮辱したから。実際にそのイラストを見ましたが、文字通りヘッドフォンをつけている普通の仏像で、私にはただのお洒落なイラストにしか見えませんでした。しかし、熱心な仏教徒の多いミャンマー人々の目には「仏教に対するたいへんな侮辱」と映ったのです。逮捕されたオーナーは「これが仏教に対する侮辱だとは思わなかった。たいへん反省している」と語っているそうです。
                   
                  もうひとつの例は「Oh my God!」という英語のフレーズです。日本人でもときおり使っている方をみかけますが、キリスト教圏では4文字言葉とまではいかなくてもかなり「品の悪い言葉」と認識されています。理由は旧約聖書のモーセの十戒に「神の名をみだりに口にすることなかれ」という戒めがあり、「God」という言葉を使うこと自体が教えに反すると考えられているからです。ですから、多くの家庭では子供がこのフレーズを使うと親から注意され「my goodness!」や「Oh my!」などに言い換えるように教えられます。
                   
                  このように、いくら本人に悪意はなくても、こと宗教がからむと相手が「侮辱された」「不愉快だ」と思ってしまう場合も少なからずあるのです。
                   
                  ■ほとんどが善良で常識的なイスラム教徒
                  近年、アルカイーダやタリバンのテロ行為や非常に好戦的なイスラム国の台頭などにより、先進諸国ではイスラム教徒への風当たりが強くなっています。このような国々では、イスラム教徒だというだけで入国審査が厳しくなったり、女性ではヒジャブと呼ばれるスカーフをつけていると白い眼で見られたり、という差別が頻繁に起こっているようです。
                   
                  しかしごく少数の過激なグループを除き、ほとんどのイスラム教徒はほとんどのキリスト教徒や仏教徒と変わらない、善良で常識をわきまえた人々です。にもかかわらずイスラム教徒であるというだけでいわれのない差別を受け続けていたり、大切に守り、心のよりどころとしている信仰が風刺されたり批判をされたりしていれば、どんなに平静を保とうとしても堪忍袋の緒が切れてしまう、ということもありえます。特に若者の場合は今回の事件のように鬱積した怒りが暴力となって噴出してしまうケースも少なからず出てくるでしょう。それがまたイスラム教徒に対する怒りや差別をうむという悪循環に陥っているように思えてしかたありません。
                   
                  ■言論と表現の自由は他人が大切にしているものを侮辱するためにあるのではない
                  以前、シンガポールの言論の自由について書きましたが、建国当初からさまざまな宗教や人種の人々が協力し合って国作りをしてきたシンガポールでは、とりわけ宗教や人種に対する言論と表現の自由は厳しく規制されています。仲間内の冗談ではあっても、マスコミを含め公式な場で侮辱的な発言をすることは決して許されません。
                   
                  今回の事件をただ「言論の自由を暴力で封じる許せない行為」と切り捨て犯人を糾弾するだけで終わらせるのではなく、逆にこの事件を教訓に、自分たちと異なる宗教や信条を尊重し、多様な信仰や考え方をもつ人々が調和して暮らしていくための「言論と表現の自由」とは何なのかを、もう一度考え直すべき時期に来ているのではないでしょうか。そして二度とこのような事件が起きない社会に変わっていけるよう、願ってやみません。
                   
                  | 後藤百合子 | グローバル社会と宗教 | 07:01 | - | - |
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