ASIAN NOMAD LIFE

日本、香港、中国で生活・仕事をしてきてシンガポール在住7年目。
書評:「プライベートバンカー カネ守りと新富裕層」〜シンガポールの中の日本
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    JUGEMテーマ:シンガポール

     

    ■日本人の口座開設に厳しい目を光らせるシンガポールの銀行

    昨年夏、ちょうどこのドキュメンタリー小説(実名で登場する人もいますし、ほぼノンフィクション。文体は小説タッチ)が出版された頃、シンガポールの地元銀行で新しく銀行口座を開きました。

     

    これまでも個人用や会社用にいくつも銀行口座を開いてきましたが、初めて「私はアメリカ合衆国市民権やグリーンカードをもっていない」という宣誓書(もっているとシンガポールで発生した所得に対しアメリカ合衆国政府に納税義務がある)以外に、「日本に住所を有さず1年の半分以上シンガポールに在住している」旨の書類にもサインさせられました。

     

    私は日本に住民票がないのでマイナンバーをもっていませんが、もし持っていたら今後はその書類に番号も書かされることになるでしょう。

     

    本書には、日本とシンガポールの国税局が2010年に租税協定を改正し情報交換制度を確立した、と書かれています。その成果がこの文書であり、シンガポールで新しく銀行口座を開く日本人、国税局の視点では、日本から不正に海外へ資金を持ち出そうとする可能性のある個人を捕捉するためのものであることがわかります。

     

    また、以前は「投資家ビザ」と呼ばれる、シンガポールで百万ドル(当時のレートで6千5百万円くらい)を投資すれば簡単に滞在許可をもらえる時代もありましたが、現在では投資金額も2.5百万ドル(日本円で約2億円)に上がった他、3年にわたる自分の会社の財務資料の提出、その間の売り上げが年間40億円以上等々の厳しい条件があり、本書に出てくる節税目的でシンガポールに移住した方々の一部には要件に当てはまらなそうな方もいらっしゃいました。

     

    その意味で、本書が描写する「究極のタックスヘイブン、シンガポール」という状況はすでにだいぶ様変わりしているのではないでしょうか(実際、主人公のプライベートバンカー杉山氏は「もうシンガポールで学ぶものはない」と2013年に日本に帰国しています)。

     

    ですので、これからシンガポールに節税目的で移住しようという方々にはあまり参考にならないかもしれません。

     

    ■「お金」目的でシンガポールに移住してきた富裕層

    それにしても違和感をもったのは、本書に登場する人々のほとんどが、シンガポールに定住する日本人(2015年時点で約37,000人)コミュニティーの中のみで暮らしているという事実です。

     

    シンガポールには私のようにシンガポール人やその他の外国人配偶者をもつ日本人が多く、恐らく千人単位の方が暮らしていると思われます。しかし、そのほとんどは、個人的な繋がりで他の日本人とコンタクトをもっていることはあっても、生活の基盤はあくまでもシンガポールであって、シンガポール人やその他の外国人との関わりは不可避です。

     

    これは欧米でもかなり一般的な状況で、例えばアメリカやヨーロッパ諸国などで働いたり、日本の会社から派遣されて駐在されたりしていても、会社の同僚や地域コミュニティーなど、ある程度までは現地の人々に溶け込んでいる方がほとんどだと思います。

     

    ですので、本書に出てくるようにシンガポール人やその他の外国人とは仕事や生活でほとんど関わりをもたず、日本人社会の中ですべてが完結している様子には驚くとともに、「お金」だけが目的で海外に移住すると生活はこうなるのだ、という姿をまざまざと見せつけられた気がしました。

     

    ■タックス・ヘイブンへの道

    シンガポールで、当時のレートで約6千5百万円程度を持ち込めば比較的簡単に永住権が取れる、という政策(Financial Investor Scheme)が始まったのは、2004年、ゴー・チョクトン氏に続き、現首相のリー・シェンロン氏が首相兼財務省に就任した年。垂涎の的の米グリーンカードと違い、随分簡単だな、と感じた記憶があります。

     

    それに先立つこと13年前、私が初めてシンガポールを訪れたのは1991年でした。

     

    東南アジア随一の大都会とはいえ、まだまだのんびりとした牧歌的な空気が漂うシンガポールは香港、台湾、韓国と並び「アジア四小龍」と呼ばれていました。めざましい経済成長が世界的な注目を集めていましたが、いっぽう、その1年前に訪れた香港の、誰もが小走りで走り、世界中から集まった外国人が闊歩する雑然とした雰囲気に比べると、南国特有のゆったりした時間が流れていたのです。

     

    おりしも1992年の小平の南巡講和の直前。これをきっかけに、中国、ひいては中国の来料加工貿易の中継地となった香港は飛躍的な成長を遂げます。ここから中国返還の97年までの香港発展には、間近で見ていて質・量ともに凄まじいものがありました。

     

    いっぽうのシンガポール経済は右肩上がりではあったものの、同時期の香港に比べると成長のスピードは緩やかで、1997年のアジア通貨危機の際には15%もGDPが下落。2000年代に入っても経済は低迷しました。

     

    これに追い打ちをかけるように2003年にはSARSが大流行。観光客やビジネス客が激減する中、シンガポール国民でさえも感染を恐れて家から出ないようになり、ショッピングセンターやレストランから人が消えるという深刻な事態に陥ったのです(私が夫と結婚したのは2001年。SARS騒ぎの時にはマンション価格も暴落したので、今でも「あの時マンション買っておけばもっと都心に住めたね」と話をすることがあります)。

     

    ライバルの香港に大きく水をあけられ、SARSで国内が混乱する中、起死回生の策として出されたのが、富裕層の取り込み→シンガポールへの投資促進案であったのではないかと私は考えています。シンガポールには香港と同じくキャピタルゲインやインカムゲイン課税はありませんでしたが(日本も89年までありませんでした)、2008年には相続税を廃止。世界各地からの富裕層の流入を促進し、彼らが持ってくるお金により、シンガポール経済を再生しようとしたのです。

     

    政府の思惑通りここを境にシンガポールのGDPは急ピッチで拡大し、ついに2010年、香港のGDPも抜くことになります。私はその前年の2009年から家探しなどでシンガポールを頻繁に訪問していましたが、ちょうどこのあたりからシンガポールが人も街も非常に変わってきたという実感があります。

     

    本書に登場する方々の多くは、その前後にシンガポールに移住された方なのではないでしょうか。

     

    ■「社会とのつながりを持たずに生きて、それで幸せなのだろうか。」

    彼らの多くは、遺産相続やキャピタルゲインの節税のためにシンガポールに住み、人と交わることもなく、無聊をかこっています。大金を手にして新たに事業に挑戦する気も起きず、ただただ日々を過ごすだけの「あがり」の人々に対し、著者やまだ若く現役の登場人物は同情の念を隠せません。

     

    暮らしのレベルや年齢が違うので、彼女たちと富裕層では比較にもならないが、咲子や佐藤が経験的に気づいたことがある。それは、税金を逃れてきた日本人で幸せになったという話はあまり聞かないことだ。(中略) 咲子は「あがり」の富裕層で家庭円満な人をほとんど見たことがない。(中略) 仕事、目標、友人ーー。新富裕層の溜息は、それらが欠ければ異国で生きるのは辛いことを教えている。

     

    彼らとはまったく逆に、咲子さんや佐藤さんという若い女性たちは、独立起業したり、英語ブログで発信を続けて有名になったりと、ローカルコミュニティの中で確実に地歩を固めていきます。また、主人公の杉山さんも、ヘッドハンティングされて日本人上司との関係を断ち、シンガポール人やその他の外国人たちとより広い人間関係をもつことによりプライベートバンカーとして成長していくのです。

     

    また同じく、実名で登場するトレーダーの阿部さんは、2013年放送のNHKスペシャルにも出演されていましたが、シンガポールのフェラーリ愛好家グループに参加し、たくましくコミュニティーに溶け込んでいる様子がわかります。

     

    本書によると「永住権をとらないか」と阿部さんにもちかけたのはシンガポール政府金融局であり、期待を裏切らず腕利きの投資家として活躍されているのです。

    能力のある人間はしばしば人と違う金儲けや遊びをする。そうした異能と突出した人材を祖国はなかなか認めないが、シンガポールは逆に歓迎した。当地には阿部のようなトレーダー関係者が十数人も流入しているという。

    かくして、人材とカネ、そして税収は日本からオフショアへと流れる。

     

    日本の厳しい税制を逃れるため、何不自由なく、無為徒食で異国の毎日を過ごす「あがり」の人々と、自身の可能性に賭け、日本にはないチャンスを掴もうと同じ異国で孤軍奮闘する人々。

     

    自国という括りから解き放たれたときこそ、人は自分が一番生きたいと思う人生を生きる、ということを本書は伝えようとしているのかもしれません。

     

    | 後藤百合子 | 書評 | 01:47 | - | - |
    「天命」を信じる首相夫妻をもった日本がすべきこと
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      大阪学校用地売却に関するスキャンダルで渦中の人となった安倍首相。

       

      政界のサラブレットでありながら、明らかにこれまでの日本の政治とは違う手法で政治を動かしており、そのバックグラウンドを知りたいと一心で話題の『安倍三代』(青木理著)を読みました。

       

      ■「凡庸なお坊ちゃま」が最強の政治家に変容した理由

      本書の中で、著者の青木氏は安倍首相の祖父寛氏、父晋太郎氏と晋三首相が決定的に違う点の一つに、選挙基盤である山口の選挙区で育っていない、ということを挙げています。祖父は村長を務め人望を一身に集めた地元の名士、父は二代目でありながらも若くして両親を失い、天涯孤独で地盤を再構築した苦労人、それに比べて三代目の晋三首相は東京で育ち、母方の祖父岸元首相の寵愛を受けてぬくぬくと育った「凡庸なお坊ちゃま」と切り捨てているのです。

       

      しかし、一面、晋太郎氏がそうであったという証言が語るように、晋三首相もお坊ちゃま育ちであるとはいえ、苦労人の父の薫陶を受け、非常にバランスのとれた、誰からも「憎まれない」政治感覚に優れて政界をわたってきた結果、今日の地位を得たのではないかと示唆されます。

       

      反面、「凡庸なお坊ちゃま」と評される人物がなぜ、無謀とも思えるアベノミクスのいくつかの経済政策実施に踏み切ったり、長く憲法違反とされてきた集団的自衛権を認める安保法案、特定秘密保護法案等を半ば強引に次々と可決していったりと、非常に強権的な政治家になっていったのかが描き切れていない、という意味で、少なからぬ人が物足りなさを感じているようであり、私も判然としない気持ちをもちました。

       

      ■「宗教」と「純粋さ」がキーワードの安倍夫妻

      いっぽう、今回のスキャンダル以前から、昭恵夫人の言動や行動は「奔放な」とか「型破りな」といった形容詞つきでよく取り上げられていましたが、安倍首相の「妻は私人」閣議決定や、国会での答弁を見ている限り、保身のためというより(むしろそれが野党の攻撃材料になったりしているので逆効果になっていますが)たいへんに妻を思いやり、どこまでも庇う姿が印象的です。また、2人が並ぶ映像や写真をみても、いつもとても仲睦まじく、傍からみていても微笑ましいほど良い夫婦関係を築かれていることがわかります。

       

      昭恵夫人には「来世でもまた夫(安倍首相)と結婚したいと思った」という発言もあるそうですが、それよりも気になるのは、本書でも触れられている彼女のスピリチュアルなものへの傾倒です。

       

      「天命だということは、本人も自覚していると思います。(中略)周りに努力している政治家はごまんといて、自分より頭のいい政治家がたくさんいるのも主人はわかっています。でも、主人がいま総理大臣になっているということは、やはりなにか、主人が成し遂げなければいけないものがあり、そのための使命を与えられていると、感じていると思います」

      失礼ながらスピリチュアルというかオカルトというか、政治の3代世襲というものを昭恵なりに表現すればそういうことになるのだろうが、もともと深遠で強固な政治思想があるわけでもない晋三とは、そういう意味では波長が合うのかもしれないと私は思った。

      『安倍三代』より

       

      今回のスキャンダルでは幼稚園園長夫人とのメールのやり取りで「神様」や「祈ります」という言葉がたびたび出てきて驚かれた方も多いと思いますが、Blogosの社会学者西田亮介氏との対談では

       

      新しいイノベーションが生まれているし、可能性として、日本はとてもポテンシャルが高いと私は思っています。その日本の精神性が世界をリードしていかないと「地球が終わる」って、本当に信じているんです。

       

      とまで言い切っています。この中で、安倍首相自身も毎晩、大きな声で祈りを唱えているという話をされており、夫婦ともにどちらかといえば「宗教的な」「純粋な」「善意の」人であるのではないかとうかがわれるのです。

       

      ■安倍首相の「美しい国」とは?

      このような安倍首相の傾向は、「美しい国」という概念にもつながります。

       

      ただ、本書の中でも繰り返し安倍首相の恩師たちが述べているように、それを支えるべき論理があまりにも貧弱で空虚です(昭恵さんは説明を求められると「直観です」という答えを繰り返しますが、さすがに首相はそういうわけにもいきませんので一応の理屈はつけようとします)。

       

      例えば、アベノミクスの巨額国際発行(+日銀買い取り)政策について「1万円札を刷ると20円がコストで9,980円が政府の利益になる」というような理屈を本気で信じているかのような発言を聞くに及び、本当に安倍首相が実現したいのは、現在日本に起こっている待ったなしの危機を克服するための現実的な諸政策の実現ではなく、昭恵夫人と同様に「日本の精神性が世界をリードする」曖昧でぼんやりした「美しい日本」なのではないかと思わざるを得ません。

       

      本書では地元で安倍三代を代々支援してきた方々の取材を広範囲にされていますが、安倍首相の祖父や父が「地元民の代表」として期待を一身に集めたのに比べ、三代目の安倍首相については、首相という最高権力に登りつめた地元の誉であってもおかしくないはずなのに、冷めた目で見ており批判的です。

       

      その理由の一つに、首相も首相夫人も東京育ちで選挙地盤の山口に実体験に基づいた愛着をもてず、それを地元の支援者たちも感じているという、動かしがたい事実があると思います。

       

      それを象徴するのが、安倍首相が「美しい日本」の原風景と賞賛する、山口の山間にも広がる棚田です。

       

      棚田は観光客が見る分には美しいかもしれませんが、実際には他に耕作地がないため仕方なく開墾された土地であり、首相自身も認めているように農業生産性向上、ひいては農業を生業とする人々の生活の向上に資するものではありません。にもかかわらず安倍政権下では、「美しい農村再生事業」として多額の税金が投入されています。このような政治感覚について地元選挙区の方々は「しょせん東京の人が考えること」と見ているような気がしてなりません。

       

      また、もう一つ恐らく夫妻にとってインパクトが大きかったのではと思われるのが、子供ができなかったことです。

       

      安倍 そうですね。もう、ずいぶん前のことですので遠い記憶ではあるのですが……。やはり言われることはありましたね。自分の親や主人の母といった近しい人からは何も言われませんでしたが、後援者の方々からは年がら年中、言われていました。

      酒井 かなり直接的な感じでおっしゃるのでしょうか?

      安倍 普段の生活の中では、「まだですか?」くらいの感じなんですが、酔っぱらったりすると「安倍家の嫁として失格だ」とか、「非国民!」などと言われることもあって……。「それはちょっと、どうなのだろう」と思うこともありましたね。

      https://www.bookbang.jp/review/article/509688

       

      天真爛漫でお嬢様育ちの昭恵夫人も、気を張る選挙で地元に帰る度にこのようなプレッシャーに晒されていたことにより、夫婦の絆は深まったかもしれませんが、一方で何かに救いを求める気持ちも働いたでしょう。

       

      このような支援者たちとの微妙な感情のすれ違いの積み重ねによって、祖父や父とは別の何かに政治的レーゾンデトールを求め、その結果として現在のような安倍夫妻の思想的バックボーンが形成されていったのではないかと思うのです。

       

      ■国のグランドデザインを国会と国民全体がもう一度シビアに議論すべき

      繰り返しになりますが、私は安倍首相も昭恵夫人も、純粋に善意の方々であり、日本の将来を明るいものにしたい、国民が幸せな良い国にしたいという気持ちは市井の人々以上に強いと思っています(もちろん、そういう方々だから首相夫妻になったわけだと思いますが)。

       

      しかし、いっぽうで、私たちには精神主義だけを信じて愚かな戦争に突き進んでしまったという忘れてはならない過去もあります。

       

      愚かな戦争に一貫して反対し、その過ちを繰り返さないようにと、敗戦後70年間の日本の平和を築いてきたのが、安倍一代、安倍二代であり、現在も、与野党を問わず、そのような政治家が消えてしまったわけではないはずです。

       

      長期政権になる可能性が高い安倍政権が「純粋に」「天命を」果たすために祈る首相が率いる内閣であるのならば、その内閣が真にこれからの日本に資する政策を実現していけるよう、徒に政争に明け暮れるのではなく、政策を一つひとつきっちり国会で論議して決議していくことこそ、現在の日本が改めて真剣に取り組まなければならないことであり、国民もまた議論しつつ立法府に要求していかなくてはならないこととだと思います。

      | 後藤百合子 | 書評 | 09:17 | - | - |
      書評:『産まなくても、育てられます 〜 不妊治療を超えて、特別養子縁組へ』後藤絵里(著)
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        我が家のもうすぐ8歳になる娘はカンボジアから迎えた養子です。

         

        養子だということを話すとたいていの人から似たような反応が返ってきます。

        日本人:「人が産んだ子を育ててるなんて偉いねー。とてもできない」

        シンガポール人:「この子は養子にしてもらって幸せだねー。運がいいよ」

         

        「子どもを預けてくれた産みの母親にはとても感謝してるし、その決断を尊敬してるんですよ」とか「育てていると自分が生んだ子とか養子とかは全然感じないんですよ」とか「この子より子どもを授かった私たち夫婦のほうがよっぽど幸せで運がいいんですよ」とか答えているのですが、どうもしっくりこないらしく、怪訝な顔をされてしまうことのほうが多いです。

         

        子どもを産んだことがない私が出産の苦しみを想像することができないように、養子を育てたことがない人が養子と養親の関係を想像することも難しいと思いますが、決して子育てしながら社会貢献しているつもりはないですし、子どもが我が家にきて運がいいのかどうかもわかりません。一言でいって「まったく普通の親子と変わらない」が私たち夫婦の実感です。

         

        この本に登場するほとんどの養親さんと同じく、私たち夫婦も結婚後まもなく不妊治療を始め、(たった1年程度でしたが)精神的にも肉体的にも疲労困憊しました。もう子供はいなくてもいい、2人だけで生きていけばいい、とあきらめかけたところで縁があり、生後1週間の娘を引き取って育てることになりました。

         

        国際養子でしたので養子縁組手続きだけでなく、パスポートを作るところから始め、カンボジアとシンガポールの法律で定められている諸手続きやアセスメントなどを1年近くかけてクリアしていきましたが、二人とも日本で仕事を続けながらの作業でしたので、いろいろな事務手続きの壁や感情的な波にぶつかりました。それでも何とか乗り越えて正式に養子縁組が成立し、これまで8年近く子供の成長を見守ることができたのは、ひとえに子ども自身の生きようとするパワーを私たち夫婦のみならず、周囲のすべての人たちが浴び続けてきたからではないかと思うのです。

         

        自分で産むにせよ、養子を迎えるにせよ、わが子と出会うことは「奇跡」なのだと思います。取材を通して、多くの特別養子縁組の現場に立ち会ううち、特別養子縁組とは、そんな奇跡を生み出すしくみなのだと感じるようになりました。子どもとの出会い方が出産とは違っても、子育てにともなう不安や葛藤、それが吹き飛ぶほどの喜びや楽しさは、あったく変わりません。特別養子縁組がなければ出会うことのなかった夫婦と子どもが、ごく自然に「親子」となる姿が、そこにあるのです。

         

        著者の後藤絵里さんには、ライフワークとなった「養子」というテーマを彼女が追いかけ始めたころから折に触れて話を聞いてきましたが、自らも子育てと記者/編集者としての仕事に忙殺されながらも、粘り強くこのテーマに取り組んできた背景には、やはり、乳児院や児童養護施設に預けられたまま「家族」の生活を知らずに成長していく子供たちの不幸や、子供を強く望んで辛い不妊治療に耐えても子宝に恵まれなかった多くの夫婦の絶望を解決したい、という強い使命感とともに、子供の生命力に対する純粋な驚嘆の念があったのだと思います。

         

        ところが、里親に登録してからが長い道のりでした乳児院や移動養護施設にどれだけたくさんの子どもがいても、生みの親の承諾がとれて、特別養子縁組の対象になる子どもは、管轄の児童相談所で年間数人だというのです。乳児院での研修では、一緒に遊んだ子どもたちから別れ際に「帰らないで」と袖を引っ張られ、後ろ髪を引かれる思いがしました。「こんなに親を必要としている子どもがいるのに……」と思うと、泣けて仕方ありませんでした。

         

        いっぽう、このように、子や養親を、親は養子を望んでいるのに生みの親の親権が強いためになかなかマッチングがうまくいかないケースも取材されています(このご夫婦も最終的には養子縁組ができたのですが)。私たち夫婦も娘の生みの母親と実際に対面しているため、自分が生んだ子どもを手放したくないという気持ちは痛いほどよくわかりましたが、それでも子どもの成長のためには施設より家庭のほうがいいことは間違いありません。

         

        厚労省の調査では、2015年時点で、移動養護施設で4年以上暮らしている子どもは全体の5割、8年以上暮らす子も2割以上いました。また、福岡市の児童相談所が2015年に独自に調べたところ、9年以上施設で暮らす子の半数が、乳児院からそのまま施設に移行した子どもたちだったそうです。

         

        施設に預けられっぱなしになっている子たちの中から、運よく生みの親の了解をもらって養親が引き取っても、手続き中に生みの親が心変わりして子供が施設に戻ってしまったり、長期間にわたり養子縁組に同意しなかったりでつらい思いをする養親の話も登場します。

         

        特別養子縁組が成立するまでの7年間、クミちゃんは夫婦の「普通養子」でもなく「里子」でもない、単なる「同居人」でした幸いにもクミちゃんは健康な子で、大きな病気もしませんでしたが、大きなけがや病気で手術が必要な場合は、親権者の承諾が必要になります。承諾がなければ、パスポートもとれません。「親権とは本当に大きなものです。私たちは法の狭間で7年も宙ぶらりんの状態でした。子どものための法律のはずなのに、法律をつくり運用する人たちは、何を見てきたのかと思います」

         

        我が家でも最初に養子にするはずだった1歳の女の子は、夫が会いに行った直後に生みの親の心変わりがあり、養子縁組が実現しませんでした。私は会ったこともないにもかかわらずそれなりにショックを受けたことを考えると、7年もいつ連れ去られるかわからないという不安に耐えたこの養親さんの心労は想像に余りあります。

         

        この本の中では、このように実際に養子縁組をした方々のケーススタディーとともに、現在の養子縁組の状況、具体的な手続きの方法から、さまざまな支援団体の方々の話まで、特別養子縁組に関わるさまざまな情報が詳細に取材されています。

         

        私たちがシンガポールで養子縁組手続きを行ったときも、煩雑ではありますがほとんどの情報がウェブ上で公開されていて困りませんでした。逆に、当初日本で手続きを行おうとしたときにはまったく情報がなく、法務局に電話したり、行政書士さんに意見を聞いたりしましたが、手続きの全容がつかめず、ほぼお手上げの状態でした。

         

        本書では、具体的な法的手順や民間の養子縁組推進団体などの資料も併せて紹介されており、これから養子縁組を考える人たちには大きな助けになると思います。

         

        いっぽう、養子縁組と不妊治療の問題は本書のもう一つの大きなテーマです。

         

        昨年から不妊治療への助成制度が変更になり、43歳以降の不妊治療への助成が打ち切られました。「43歳になったらもう無理して不妊治療をしなくてもいい」というメッセージにもなりますが、それまでずっと不妊治療を続けてこられた夫婦にとっては「もう産むことが難しい年齢」であるという厳しい事実を改めて突き詰められることになります。その意味で、著者が推奨する「不妊治療」と並行して「養子縁組」も視野に入れていくことが必要ではないでしょうか。

         

        初対面の人に「うちの娘、養子なんですよ」といったとき、「お宅もですか、うちもなんですよ」と返され、子育ての楽しさやグチの四方山話に花が咲くような社会が早く実現することを、著者ともども私も願っています。

        | 後藤百合子 | 書評 | 13:59 | - | - |
        書評:浅羽通明著『「反戦・脱原発リベラル」はなぜ敗北するのか』
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          ちょうど昨年の今頃、国会前は連日、SEALDsをはじめとする老若男女の安保関連法案に反対する人々の群れで埋め尽くされていました。あれから1年、SEALDsは解散し、あの熱狂はいったい何だったかという疑問を残したまま、嘘のように人々から忘れ去られています。

           

          この本は、あれだけの人を動員し、盛り上がりをみせた若者たちを中心としたデモが、なぜ敗北したのかを対話形式で分析していきます。

           

          絶望から出発した者だけが、自らを上げ底にせず大地の岩盤を踏みしめて前進できるのです。

           

          浅羽さんらしいロマンティックな表現の中に、「絶望」を感じていないであろう人々への苛立ちがうかがえます。

           

          このデモに先立ち福島原発事故の際にもやはり、同様のデモが行われました。2012年7月末のデモでは主催者発表によれば20万人が参加とされています。これに対し、SEALDsが中心となったデモの動員数は12万人。学生たちにしてみればこれまで見たこともない人数だったかもしれませんが、有権者全体の数からすればほんの一握りで、原発反対でもよりだいぶ人数を減らしています。

           

          「安保関連法案は違法」と断言し、政党「国民怒りの党」を結成して法案通過後の参院選で比例代表区に立候補した小林節氏も、政党全体の得票数が12万6千票あまりと、デモ参加者の得票数とほぼ同じで、「1人のデモ参加者の後ろには100人の賛同者がいる」という期待は見事に裏切られました。

           

          浅羽氏が強調するのは、彼らの失敗はデモ実行自体が目的化されてしまい、デモで実現したい目標をデモ以外も含めたあらゆる手法を使い「いかに達成するか」に目を向けないことにあるということです。

           

          批判してくる同業者であるインテリへの反論とかは考えても、主敵である安倍政権について、こういう攻撃は効いているみたいだとか、ここが安倍晋三の弱点ではないかといった戦略論とか戦術論とかはまったくない。自分たちと仲間や同類、後進へ向けて、戦うときの自前の心構え、すなわち精神論を説いてばかりいますね。

           

          昨年「デモに参加すると就職が不利になる」という言説が飛び交い、”「デモに参加すると就職に不利になる」と言われて参加をとりやめる学生は採用されない”という記事を書きました。この中で私は、「 「現状を打開したい」という気持ちがなければ、「カイゼン」も「イノベーション」も生まれない。 」ということを言っています。まさに当時最後まで反対デモに参加していた人々の中にはこの強い気持ちがあったと思いますが、逆にいえば、それだけで終わってしまった。

           

          そこからデモの主催者たちは、参院選への選挙協力という方向に流れていくのですが、浅羽さんが指摘するように、2012年の反原発デモ後に行われた東京都知事選で、反原発を訴えて立候補した細川元首相が敗れた事実を真に受け止め、その「絶望」から、彼らの倒すべき敵である安倍政権の弱点をつく「戦略」や「戦術」、平たく言えばPDCAサイクルをきちんと回していなかったということが最大の敗因であるのではないかと思います。

           

          ビジネスの世界では、いくら一生懸命仕事をしても、結果が出なければそれはただの無駄なコストにしかなりません。「ここまで頑張ったから自分で自分を褒めてあげる」では永遠に業績を上げられません。もしも期待した結果が出なければ、どこが悪かったのかをきちんと検証し、次は結果が出せる方針を再度練り直して実行しなければなりません。そうではなく、デモ自体(会社でいえば仕事)、仲間同士(会社でいえば同じ会社の社員)の連携にだけ目が行ってしまっている現状では、デモの外側にある現実の問題を解決できないのです。

           

          その意味で、浅羽さんは「サラリーマンおよび実務家社会人を巻きこまなければ、リベラルは勝てない」「これまで忌避しがちだった実務人たちの思考方法を身につけてゆけば、浮かぶ瀬もある」と論を進めます。

           

          イケてなかろうがダサかろうが、自分にとって生き死にに関わる問題だから闘うしかない。そういうものでない限り、私は眉に唾をつけざるをえないのです。

           

          というエピローグの結論に向かう中、問題をどこまで自分の人生と重ね合わせられるか、どこまで戦略を具現化できるのかに収束されます。

           

          私自身はいわゆる「リベラル」ではありませんし、憲法9条改正も必要だと考えていますが(安倍政権の改正案とはだいぶ違うものです)、現在のように、そのたびにその場しのぎの戦略と候補者で勢力を徐々に弱め、リベラル側が自公政権と拮抗して緊張した政治関係を作ることができないのは、日本の将来にとってマイナスであると思います。

           

          「リベラル」の方々にこそ、読んでほしい本です。

          | 後藤百合子 | 書評 | 16:27 | - | - |
          書評:ミシェル・ウエルベック『服従』
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            ■もしもフランスがイスラム教の国になったら
            2015年1月のシャルリー・エブド社襲撃事件の日、偶然にも発売されて話題になったのがミシェル・ウエルベックの『服従』でした。

            ストーリーはいたってシンプルです。

            2022年、極右政党を避けようと投票行動をとった市民により、ほとんどノーマークだったムスリム同胞団というイスラム政党が政権の座についてしまいます。これにより社会制度が次々とイスラム化され、ソルボンヌ大学でフランス文学を教えるユイスマンスの研究者である主人公も大学を退職しなければならなくなります(ただし年金が潤沢にもらえるため生活には困らない)。

            仕事がなくなり、パリから逃げる主人公。教え子でもあったユダヤ人の元ガールフレンドはイスラエルへの移住を決めて去り、自堕落な生活を送る主人公のもとに「大学に戻らないか」という誘い。しかしそれにはイスラム教への改宗という条件がありました。

            世界的なイスラム教徒人口増加が続く中、ひょっとしたら将来こんなことが起きるのでは、という可能性はもちろんなくはなく、フランス革命以降、独自の民主主義文化を育んできた国の知識人の狼狽と逡巡を描いたこの小説はフランスのみならず、世界的に大きな反響を呼びました。

            ■ユイスマンスの悪と現代フランス人の俗
            この小説で大きな役割を果たしているのが、ユイスマンスという主人公の研究対象の小説家です。

            ユイスマンスは19世紀末から20世紀初頭にかけて活躍し、澁澤龍彦氏が訳した『さかしま』が有名な退廃主義の作家とされています。『さかしま』の後、『彼方』ではさらに青髭のモデル、ジル・ド・レエや黒ミサなどを題材にとって悪魔主義的な傾向を増していきますが、それに続く『出発』でカトリックに回帰し、劇的な信仰的、文学的転換を遂げたとされています。

            解説を書かれている佐藤優氏はプロテスタント神学のバックグラウンドがある方なのですが、カトリック教徒としてのユイスマンス理解には少し物足りない感じがしました。逆に、松岡正剛氏が下記のような正鵠を得た指摘をされています。
            しかしながら、世の中の「実や美や善」には「悪」や「頽廃」を通過することによってやっと見えてくるものもある。世の価値観のなかにはダンテの地獄篇を通して見えてくるものがあるということだ。

            この論評の中で、松岡氏は、ユイスマンスの中に中世から続く善と悪の逆転というカトリシズムの価値観を指摘されています。ユイスマンスが『出発』で回心を経験するするにあたっては、中世から綿々とヨーロッパ文明の中に伝えられてきた「悪」を通過する必要があった。もしこれがなければ聖なるものや善なるものを発見できなかったのではないか、ということです。

            翻って『服従』の主人公は、食や性など放埓な人生を送っていますが、そこに「悪」や「罪」という概念は登場しません。彼はユイスマンスに導かれるようにトラピスト修道院に赴きますが、そこからもすごすごと引き返してしまう。これはフランスが革命以降、宗教(カトリシズム)を徹底的に日常から排除し、世俗主義を貫いてきた結果、フランス文化からカトリシズムの「聖」や「善」に到達するための手段としての「悪」を喪失してしまったからではないかと思うのです。

            その結果、『服従』の主人公は退廃することさえ許されません。徹底的に俗化された生活にあって、退廃はもはや存在しえないのです。

            ■「聖」のみが存在するイスラム教の世界
            イスラムとは、アッラーに絶対的に「帰依」し「服従」するという意味です。タイトルの原題「soumission」は英語では「submission」であり、自己を神の前に投げ出す、差し出すという意味になります。

            イスラム教徒の価値観とはすべてが神から始まっています。そこにはたった一つの真理、善、聖しか存在しえず、1日5回の祈りに始まり、衣や食など日常生活のすべてが信仰の規範により定められています。そこには「聖」と「聖」に従う自己のみがあるだけで、それ以外の「俗」自体がいっさい想定されていないのです。

            ユイスマンスは俗の中に悪をみいだし、そこを通過して神への信仰に到達しましたが、現代フランス社会においてはすでにあらゆる悪は俗に降格されてしまい、人は自分自身の中に存在する悪を発見し、自覚することさえできないのではないか。そしてそれを媒介にして聖なるものに到達する道が遮断されてしまっている。この小説はそのように読めるのではないかと思うのです。その意味で、フランス、ベルギーといったカトリックの国でイスラム過激派の若者たちによるテロが続いているのは当然の帰結なのかもしれません。

            ■俗と聖のせめぎあいと俗からのアプローチ
            私はある意味で、プロテスタンティズムは徹底的に俗の中に聖を内包させることにより、俗と聖を分離不可分のものに進化させてしまったのではないかと思っています。マックス・ウェーバーの『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』に描かれるように、中世には悪と認識されていた金儲けが勤勉の美徳となり、巨万の富を生むハリウッド映画の娯楽大作では、主人公たちが「善」の名のもとに「悪」の手先たちの殺戮を繰り返します。

            しかし、フランスでは聖が打ち捨てられたまま俗を追い続け、その結果として善も悪も識別不可能な文化を創り上げてきてしまった(その反動として極右政治家の台頭があるのではないかとみています)。その現実の前にサルトルは嘔吐しましたが、『服従』の主人公はそれすらできず、最後には巨大な「聖」にからめとられるようにイスラム教への回心という道を選びます。

            いっぽうで、アメリカを中心に情報・啓蒙活動によって、イスラム教徒の若者たちがイスラム国に志願するなど過激化するのを防止するという戦略がじわじわと成果をあげているようです。ここでもまた、資本主義社会という徹底的に俗化された世界で暮らしながら、かつ生まれながらに「聖」の規範に従った生活をするよう運命づけられているイスラム教徒の若者たちを、どういう方向に導くことができるかが問題となっているのだと思います。

            植民地支配と労働力対策によってヨーロッパに定住してきた、そして欧米諸国の思惑により戦火が絶えない地域となってしまった中東から新たに難民として流入してきているイスラム教徒たちの最大の価値観である「聖」と、フランスをはじめとするヨーロッパの「俗」がどう折り合いをつけていくのか、この小説は一つの回答となるのかもしれません。
            | 後藤百合子 | 書評 | 20:21 | - | - |
            作家・佐藤愛子の霊界交流
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              JUGEMテーマ:スピリチュアル
              この連休中、久しぶりに佐藤愛子さんのエッセイをまとめて読みました。
               
              佐藤さんのエッセイはとにかく面白いので途中でなかなかやめられず、すぐに1冊読み終わってしまうのですが、3冊読んだ中でとくに印象深かったのがこちらです。
               

               
              この本では、佐藤さん自身の霊体験がいくつも紹介されています。さばさばきっぱり、極上のユーモアを交えながら世の中の出来事をすぱっと切る他のエッセイとはまったく違い、美輪明宏さんや江原啓介さん、私はまったく存じ上げませんでしたが、広く尊敬されている霊能者の方々などが登場して、佐藤さんといろいろな霊との交流をしていきます。
               
              そもそも、私はまったく霊や霊界というものを感じたことがなく、興味も感じません。それどころか、できれば一生、霊の世界とは関わりにはなりたくないと思っています。今回、このエッセイを読んでますますその思いを強くしました。
               

               人間は「霊体質」という体質の人と、そうでない体質の人に二分されるという。冥途のお客は何かしらそれなりのわけがあってこの世へきているのだが、いくらうろうろしていても霊体質でない人にはそれが見えない(感じない)。しかし霊体質の人にはすぐにそれが見えるから、幽霊さわぎが起こる。いくら「出た!」「出た!」と騒がれても霊体質でない人には何も見えないから、「あのひとはヘンな人よ」、「どうかしてる」、「また始まった」、などとバカにする。霊体質の人としては、いくらバカにされても、実際に「いた」のだから「見えた」のだから、どうしようもないという具合に循環し、「見える派」はだんだん何もいわなくなる。いうならば日陰者になったような心境になるのだ。

               
              この本を読み進めば進むほど、つくづく自分が霊体質でなくてよかったと思いました。
               
              岐阜の町営住宅で毎晩、合戦を繰り返す戦国時代の霊たち、佐藤さんの北海道の別荘でいろいろないたずらをする霊たち(江原啓介さんはこの件をきっかけにして佐藤さんと知り合い、佐藤さんの推薦でマスメディアにメジャーデビューしたようです)、狐霊にとりつかれて精神を病んでしまった女性教師、旅先で出会ったさまざまな地縛霊たち・・・・・。さまざまな霊との交流が描かれますが、この本のクライマックスは、江原さんの助けを借りて、佐藤さんが長年の友人、作家の故遠藤周作さんと交流する場面です。
               
              佐藤さんと遠藤さんは、どちらか先に亡くなったほうが死後の世界があるかどうか教えに来る、という約束をしていたそうですが、約束とおり、遠藤さんの死後7か月ほどしてから佐藤さんの書斎に現れ、ユーモアたっぷりに霊界はあり「だいたい君のいった通りだった」と告げるのです。さらに場面は変わり、遠藤周作さん、開高健さん、有吉佐和子さん、川上宗薫と4人の亡くなった作家たちの酒宴が始まります。
               

               聞いているうちに正直、羨ましくなってきた。この世では「死」は不吉、不幸、悲劇である。だが、あの世には不吉も不幸もないのだ。遠藤さんは、「すごくいいところへ来ている」といい、更に「ぼくの人格が高いからね」と言い足した。「人の役にも立ってきた。たくさんの寄付もしたしね」とどこまでも冗談めかしていうところが、生前の遠藤さんそのままだ。
               私が羨ましいと思ったその波長が届いたのか、遠藤さんは、
              「君はまだまだここへ来られないよ。資格がないからな」
               といい、開高、有吉両人も口々に、
              「ざまァみろ!」
               といっている。そう聞くとますます羨ましくなって早く死んで仲間入りをしたいと思う。
              (中略)
               開高さんはそのうち、気がついて、
              「でもなんで、佐藤愛子が我々の話を聞いているんだ? 佐藤は死んだのか?」
               と訊いた。すると遠藤さん曰く、
              「死んじゃいない、死んじゃいない。そういうことをする女なんだ。知らなかったのか、魔女なんだ」
               そしてつけ加えたという。
              「生きてても、ノゾキ見できるのだ」
               生きても死んでもどこまでもふざけた男だ。しかしふざけながら天国まで真直ぐに行けたということは、この世で病弱に苦しみつつ克服の努力をし、人の悲苦に人一倍の思いやりを持ち、愛に満ち、そうして死を受け容れる覚悟ができていたためだろう。私はそう確信する。

               
              狐に憑かれてしまうのはごめんですが、こんな交流があるのならば、霊の世界はぜひあってほしいと思うのは私だけではないと思います。そして佐藤さんもまた、「いやそんな意味づけよりも、何よりも私が得たものは死を恐れ悲しむ気持ちがなくなったことである。勇んで死を迎えようという気持ちになったことである。」と勇気づけられるのです。
               
              人間であれば死にたくない、死を恐れる気持ちは誰でももっています。しかし、人間は必ず死ぬ運命にあることも事実です。いつ死に直面してもそれまでの自分の人生に後悔するこことなく、「いろいろあったけど、よい人生だった」と周囲の人々に感謝してあちらの世界(というものが本当にあるのかどうか私にはやはりわかりませんが)に行けることこそ、人生最大の幸せではないかと思うのです。
               
              佐藤さんは自分自身の父、昭和初期に少年小説の大御所だった佐藤紅緑の霊ともたびたび交流していたようです。
               

               最後に父が現れたのは二年ばかり前になる。そのとき、父はこういった。
              「国の政治が大きく乱れることを告げに来た」
               と。そうして、
              「日本はおしまいだ。今に大変なことになるから、よく心得ておくように」
               といい、
              「今の日本は芸者みたいなものだ。政治不信どころか、政治がおかしくなっている。茶番だ。茶番だ」
               といったという。そして私に、
              「賢く生きるように知恵を使いなさい。言葉をもって語って行きなさい。間違った判断をしないように」
               そういって立ち去った。

               
              日本がおしまいかどうかは私にはわかりませんが、少子高齢化や社会保障、外交政策など、日本が抱えている深刻な問題が山積しているのは紛れもない事実です。その中で「知恵を使う、言葉を語る、間違った判断をしない」という紅緑さんの霊の言葉は胸に突き刺さりました。
               
              最後にもう一つご紹介。霊の世界から人間界をみた珍しい映画。
               
                
              ただのホラー映画とは違い、心理的な追い詰められ感が本当に怖いです。
              ニコール・キッドマンが美しすぎるのも恐怖をあおります。
              | 後藤百合子 | 書評 | 11:33 | - | - |
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