ASIAN NOMAD LIFE

日本、香港、中国で生活・仕事をしてきてシンガポール在住8年目。
100年企業のつくり方 -- 「売れる」ものを売ってはいけない。
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    JUGEMテーマ:ビジネス
    経営をしていると、いろいろな新規ビジネスの話が舞いこみます。

    例えば、自社で作っていなくても他社から仕入れれば売れるもの。自社では現在作れないけれど、新たに設備を導入すれば作れそうなもの。これまで他社から買っていたけれど、次からぜひおたくから買いたいといわれるもの。

    このようなお話に関しては、ほぼすべてお断りするか、その商品を得意としている同業他社をご紹介してきました。

    ・自社では作っていなくても他社から仕入れれば売れるもの
    私の会社は製造業で、商社ではありません。製造業には製造業なりのコスト計算や生産管理システムがあり、商社には商社の利益率計算や在庫管理ノウハウがあります。それらは全く違うもので、製造業が適当に商社の真似事をしたり、商社が十分な準備もないままメーカーになろうとしても、たいていの場合うまくいきません。ましてやクレームが起こったりしたら、解決方法もわからずに右往左往することになります。しょせん餅は餅屋。異業態の仕事を簡単に考えて手を出すのは禁物です。

    ・自社では現在作れないけれど、新たに設備を導入すれば作れそうなもの
    製造業で一番よくもちかけられるのがこの手の話です。「これだけ設備をすればこれだけ儲かる」と聞くと「こんな案件はめったにない」とついつい欲を出してしまいがちですが、このような成り行きで最悪の結果に至った例をいくつも知っていますし、そこまで至らずとも大きな痛手を負った話もよく聞きます。ここで問題なのは、新たに挑戦する市場での販売の主導権が自社にないことです。「売ってやる」と口約束した相手に逃げられても誰にも文句は言えません。後には設備に費やした借金だけが残るのです。設備に限らず新規に投資をするときには、販売主導権も自社が握っている必要が絶対にあります。

    ・これまで他社から買っていたけれど、次からぜひおたくから買いたいといわれるもの
    世の中、儲かる仕事は誰も自分から手放そうとはしません。従来の仕入先があるにもかかわらず新たに仕入先を開拓したいというからには、必ず理由があるはずです。例えば、市場での価格競争が激化し、従来の仕入先にコストダウンを依頼したが受け入れられなかったケース(自社製品だったらすぐにコスト計算できますが、そうでない場合、後でとうてい合わないことに気がついたりします)、ロットや納期などでこれまでの仕入先ともめて仕入れられなくなったケース(最近よくある「海外製から日本製に換えたい」話)、あまりにもスペックや条件が厳しすぎて従来の仕入先がギブアップしてしまったケースなど・・・。さらにひどい場合は、支払いが原因で仕入れられなくなり、苦労して挑戦して納品しても結局支払ってもらえなかった、というようなケースさえあります。

    いずれにせよ、すでに自社のラインナップに入っている製品や、新規開発品でも自社の得意分野の製品であれば、万が一、後でもめたとしても他社に販売することができますが、相手からもちかけられ、十分な知識やノウハウがないまま手を出してしまった場合には、一旦たちゆかなくなったときの出口をみつけるのが至難の業です。

    新たな市場や製品に挑戦するときこそ、必ず入念な準備の上に自信をもって投入できる自社製品を用意し、販売も主体的に、自社で全責任をもってできるようにしなければなりません。そのためには、買ってくれる会社があるから、「売れる」から売るという安易な姿勢は禁物です。
    | 後藤百合子 | 100年企業のつくり方 | 00:06 | - | - |
    100年企業のつくり方 -- 9敗1勝から99敗1勝へ
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      JUGEMテーマ:ビジネス
      ファーストリテイリングの柳井さんに「九敗一勝」という著書があります。この本の中で柳井さんは失敗してもその失敗から学び、挑戦し続けることによってヒット商品が生まれるようになるとおっしゃっていますが、実にその通りだと思います。

      私がユニクロの名前を初めて知ったのは1996年でした。当時、香港で仕事をしていたのでユニクロの製品が日本の消費者からどんな受け止め方をされていたのか詳しくは知らず、どちらかというと香港発の低価格カジュアルブランド「ジョルダーノ」の二番煎じのようなイメージが強かったと記憶しています。また、繊維業界の友人・知人たちからさまざまな噂は入ってきましたが、その多くは大成功している企業というより、低予算による生産段階でのクレームや納期遅れなど、どちらかというとネガティブな情報の割合のほうが多かったものです。

      しかしこの時期に続くフリースの大ヒットを踏み台に、柳井さん率いるファーストリテイリングはぐいぐいと力をつけてきて、ついには繊維業界の最重鎮企業ともいってもいい東レとがっぷり組んで日本のみならず、世界の繊維業界に影響を及ぼす常識破りの企業に成長していきました。いまや日本を代表する企業の一つといって誰も異論はないでしょう。

      しかし、ユニクロの創生期を知る業界人としては、やはり柳井さんの「九敗一勝」という言葉を額面通り受け取ります。それだけ負けた経験の上に、ここまでの成長が築かれてきた歴史を目の当たりにしてきたからです。

      翻って我が社の歴史を振り返っても、やはり一握りのヒット商品の裏には、死屍累々の廃番商品や開始後すぐにひっこめざるをえなかったサービスや製品もありました。その中には大クレームにまでなってしまったものもありましたし、事後処理で日本や海外までハンドキャリーしたことも一度や二度ではありません。

      いっぽう、これらの失敗の経験の上に、現在の我が社の屋台骨を支えてくれているヒット商品やサービスが築かれてきたことも事実です。逆説的に言えば、何度も失敗しない限り、成功する商品やサービスは決して生まれてこないのです。

      新商品の企画開発をするとき、私が自分にもスタッフにもよく言うことがあります。それは「10作って1そこそこ売れればいい、100作ってやっと1つ大ヒットが生まれる」という私の信念です。99であきらめてしまっては大ヒットは生まれてきません。たとえヒットに恵まれなくても根をあげずに作り続けること、これこそが商品開発と企業存続の神髄だと私は思います。
      | 後藤百合子 | 100年企業のつくり方 | 18:36 | - | - |
      100年企業のつくり方 -- 事業不調のときに大変革を行ってはいけない。
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        JUGEMテーマ:ビジネス
        長い人生にいろいろなことが起こるように、企業も事業を続けていればさまざまな局面にぶつかります。好景気やヒット商品がたて続けに出て左団扇な時代もあれば、一転してどんなに努力をしても売り上げが下がるばかりで手の打ちようがないといった時代も必ず来ます。

        そんな冬の時代に長寿企業の経営者はどうするでしょうか?

        私だったら、ただただじっと耐えます。冬眠中の熊のように穴に閉じこもり、春に向けて商品開発や内部組織改変など、地味な方策を静かにかつ着々と行い、大きく事業内容を変革するような起死回生の一手は絶対に打ちません。それは、もしも失敗したらゼロ、すなわち倒産につながるからです。

        大きな事業変革はすべてがうまくいっているとき、万が一失敗してもすぐに引き帰せるときに行うべきであって、そうでないときに断交しても焼け石に水がいいところ、ほとんどの場合は失敗につながります。人間は切羽詰まると捨て鉢になって冷静に確率を判断することができず、「こうありたい」という願望が「こうなるはずだ」という読みに直結してしまうことが多いのです。逆に従来の事業がうまくいっているときには「金持ち喧嘩せず」で無理な背伸びはせずとも、自然にこれから伸びていく新事業が見極められますし、十分な人や資金も充てられます。逆に、ぎりぎりの瀬戸際に追い詰められて目が血走っている状態のような経営者は、新事業を行ったとしても、お互いに信頼でき、長く商売が続けられる取引先をみつけるのは難しいでしょう。

        私の会社も100年の歴史の中では「あの会社はもう終わりだ」という噂をたてられたことが何度もありました。

        そんな時、何を言われても馬耳東風でしっかりと足元を固め、じっと時を待って飛躍のための準備を怠らなかったことが、現在まで生き残ることができた最大の理由だと思っています。
        | 後藤百合子 | 100年企業のつくり方 | 13:08 | - | - |
        100年企業のつくり方 -- 大企業もスモールをめざす。
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          JUGEMテーマ:ビジネス
          敏速に環境の変化に対応し、長く生き残っていくためには、組織は小さいほうが都合がいい。

          大企業もこのことを熟知しています。ですから、扱う事業や品目ごとに数十人からせいぜい数100人程度の子会社を作ったり、事業部制にしてそれぞれを独立採算制にして疑似分社化したりするのです。

          変化のときにはボトムアップ型で、みんなでさまざまな可能性を検討し、上にあげていくようなやり方は通用しないことがほとんどです。それは時代の潮目が急激にやってきて喫緊の変革を求められる場面が多数あるからです。こういうときには鶴の一声で強力なリーダーシップを発揮し、トップが矢継ぎ早に会社を対策を講じていく必要があります。その際、組織が大きければ大きいほど対応スピードは遅くなります。逆に小さければ変革の意義や内容、方策などを社員一人ひとりが理解するためのが早く、費やされる時間を節約できるのです。

          また、最悪の場合、その事業を本体から切り離し、よみがえらせることのできる会社に売ることもできます。例えばある大企業が最先端のITやバイオなどの部門に進出したけれどうまくいかなかった場合、その事業部や子会社だけをそれ専門の会社に買ってもらうというような話はいくらでもあります(いま話題の鴻海のシャープ買収の話も、鴻海が買いたいのは液晶事業であって家電部門ではないはずです)。また、最悪の場合、その部門だけをやめて本体は生き残り、従業員は業績がいい本体や別の子会社(事業部)に吸収するという対策もとられています。

          「スモール・イズ・ビューティフル」。就職活動をするときに「大きければ大きいほどよい」と思っている人はまだまだ多いようですが、経営者の本音はここにあります。
          | 後藤百合子 | 100年企業のつくり方 | 06:20 | - | - |
          100年企業のつくり方 -- 小さいほうが変化に強い。
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            JUGEMテーマ:ビジネス
            「大きい会社ほどよい会社だ」と考えている人は多いと思います。

            就職先でも大手企業は人気。年商○千億円、従業員○千人と聞けば無条件で素晴らしい会社のような印象を受けがちです。しかし本当にそうなのでしょうか?

            たくさんの従業員がいるということは、それだけ会社がたくさんの給料を払わなければいけないということです。もちろん給料だけでなく、社会保険料や厚生福利費、退職金などそれに付随する費用も大きくなってきます。反対に、従業員が多くなったからといって売上高が必ずしも多くなるとは限りません。商品寿命がきてこれまで売れていた商品がぱったり売れなくなることもありますし、リーマンショック時のように世の中全体が瞬時に不景気になってまったくものが売れない時代もあります。

            このようなとき、無理な借り入れをして事業を拡大し、従業員を増やしてきた企業は会社を維持していくために大変な苦労をすることになります。とにかくお金が必要なのです。倒産の原因のトップに「販売不振」がありますが、この状況に陥ったとき、出費が大きい企業ほど再建が難しいのは自明の理でしょう。

            また、よく見るケースで、規模を追求して経営が苦しくなることが多いのは、小売業の多店舗展開です。一店舗あたりの売り上げが減少していても次の店舗、次の店舗と次々と新しい店舗を作っていくと売り上げは当然上がります。どんどんお店が増えるので、周囲からも「あの小売店は儲かっているようだ」と見られます。また、店舗を作っても出店にかかった費用の多くは「資産」になりますので、バランスシート上でも一見、優良企業のように見えるのです。しかし、帳簿上は「資産」でも、実際には現金化することは難しい資産であり、出店を続け、店舗を維持するためには、初期経費や販売員の給料など莫大なキャッシュが必要です。そして最終的に資金繰りに窮して倒産するケースが決して少なくありません。

            きら星のように輝くカリスマ経営者が一代で大事業を築き上げたときも、後継者は苦労することになります。

            天才的な商売の勘と剛胆さを兼ね備えた経営者は、時代の変化の波に乗って世間に華々しく登場します。この場合、タイミングというのは最も大切です。「経営の神様」松下幸之助は「商売の90%は運」と言ったそうですが、カリスマ経営者というのは間違いなく時代の変化に乗じる形で事業を成長させるのです。もし孫さんがIT時代に生まれなかったら、もし柳井さんがデフレ時代に商売を始めなかったら、今のソフトバンクやユニクロはなかったでしょう。

            しかし、後継者の代になれば時代の節目はすでに終わっていて、世の中の潮流も変化しています。また、何世代もの後継者がみなカリスマ的経営資質をもっていることはほぼありません。そんな逆境にたったとき、やはりその企業や事業に適した規模を超えて大きくなってしまっていると会社自身の存続が危うくなるのです。

            わが社も、私が入社した18年前と比べて売り上げ規模は半分強、従業員数も2/3程度に減りました。しかし、その間、借り入れはゼロになり、毎年の経常利益も当時の数倍になっています。社員には「うちの会社は絶対に倒産しないから大丈夫」と冗談で言うのですが、以前の規模を保とうとしていたらおそらく生き残ることはできなかったでしょう。

            もちろん、規模のメリットというのはありますからただただサイズダウンすればいいというものでもありませんが、「スモール・イズ・ビューティフル」といわれるように、その業種や業態に合った分相応の適正なサイズを保つというのも、100年企業になるための一つの方法だと思います。
            | 後藤百合子 | 100年企業のつくり方 | 07:50 | - | - |
            100年企業のつくり方 -- 時代とともに変わる会社が生き残る。
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              JUGEMテーマ:ビジネス
              企業経営とは、環境適応業であると巷間に言われます。

              動物が進化してきたように、時代につれて変遷する環境に対応して、自分自身をどんどん変えていかなければ企業は生き残れないという意味です。その結果、常に製品・サービス、販売先、仕入先、仕事の仕組みなどを進化させることが目的となり、それを実現するための方法が「経営論」として注目されます。トヨタ自動車の「カイゼン」活動はその好例として、世界で通用する言葉になりました。

              しかし、ひとくちに「変わる」といっても実践はなかなか難しいものです。

              そもそも人間というのは、変化を嫌います。毎日同じ時間に起きて同じ時間に電車に乗り、同じオフィスで同じ仕事をするのは多少退屈かもしれませんが、安心感と安定感が味わえます。逆に、毎日新しいことに挑戦しろ、昨日と同じことをしたらだめだ、といわれ続けたら緊張は高まり、長くその仕事を続けることはできないでしょう。

              毎日変化というのは大げさかもしれませんが、ある程度のスパンで仕事の内容を大幅に変化させるというのはどんな企業に必ず求められることです。例えば、馬車からガソリン車、ガソリン車から電気自動車に時代に時代のニーズが移っていくときに、いくら馬車を作り慣れているからといって馬車を作り続けていたらその会社は消えるしかないのです。

              もちろん、多くの社員は反対します。自分たちは馬車を作るためにこの会社に入ったのだと主張します。その社員たちを説得してガソリン車を作るように意欲をかきたてることこそ、長寿企業の経営者に求められることです。経営者も社員も「変化」を仕事の本質とポジティブにとらえ、常に自分自身を変えていくことができる風土がある会社こそ、長い時間を生き延びることができるのです。

              さらに言えば、同じ会社で社員たちが自己変革を続けていれば、その会社が倒産したり業績悪化でリストラされたりする危険は減少します。小さい変化の積み重ねこそ、最悪の大きな変化を回避する最も有効な手段になりうるのです。
              | 後藤百合子 | 100年企業のつくり方 | 17:53 | - | - |
              100年企業のつくり方 -- 時代の変化に耐える「信用力」の重み
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                JUGEMテーマ:ビジネス
                私が経営している会社は、今年、創立100周年を迎えました。

                年明けから1か月、お客様や仕入先様などこれまでお世話になってきた方々に御礼のご挨拶にお伺いしたり、御礼のお手紙やメールをお送りしたりしているのですが、みなさんから口々に「なかなかできないことだ」とおっしゃっていただきます。

                確かに100年同じ会社を続けていくというのは、いくら自分ひとりが強く願っても決してできないことですし、また、一企業の力ではどうにもならない社会情勢の変化、時代の流れというものもあります。我が社も例外ではなく、100年という長い時間の中ではその時々で経営危機に陥り、倒産や廃業と隣り合わせの転機が何度もありました。

                それでも何とか企業として本業を守り、生き残ってくることができたのは、ひとえに「信用」の一言に尽きるのではないかと思っています。

                ■何度も訪れた経営危機を救ってくれた「信用力」
                創業者の曾祖父から数えて、私は4世代目の社長になります。あえて「世代」というのは、1世代に何人も経営者が替わった時期があったからです。2世代目は、世界大恐慌で始まった昭和初期から第二次世界大戦の激動の時代に事業を続けた私の祖父母の世代。祖父、大叔父、祖母と社長は3人でしたが、実質的な経営者は他にも親戚筋でおり、今振り返るとこの大変な時代に、一族の多くの人たちが苦労して事業を守ってきたことがわかります。

                しかし、もちろんいくら本人たちが踏ん張っても、世間や周囲の人々に見捨てられてしまったら、事業を続け、会社を守ってくることはできなかったでしょう。

                例えば、海軍の軍需工場として軍靴の靴紐を作っていたのが戦後立ち行かなくなり、本社工場を買ってもらった紡績大手の会社や、売却前にほんの少しの機械と満州から戻った工場長と数人の工員さんだけで事業を引き継いだ祖母から製品を買ってくださった大阪の問屋さんなど、大叔父や祖母を信用して力を貸してくださった多くの方々の存在があったからこそ、100年という時間を生き抜くことができたのではないかと思うのです。

                1998年に私が役員として入社したときも、表面上は売上も利益も上がり、一見、事業は好調に見えましたが、背後では日本企業の中国生産シフトによる空洞化が急速に進行しており、数年後には毎年激減していく売り上げと債務の返済に苦しむことになります。しかし、この窮地でも「後藤さんだったら」と手を差し伸べ、知恵を貸し、製品を買ってあげようと申し出てくださるありがたいお客様方が事業を支えてくださいました。もちろん、この「後藤さん」は私個人を指すものではなく、創業者から父まで、この会社に関わってきた人々が営々と培ってきた「信用力」そのものだと思うのです。

                ■「信用」とは何か
                では、「信用力」とは何でしょうか?

                月並みですが、嘘をつかない、約束を守る、礼儀を尽くす、といった人間として当然守るべきことが守られているかどうか、という一点に尽きるのではないかと思います。

                「嘘をつかない」ですが、過去も現在も、たびたび問題になる企業モラルの問題があります。利益を伸ばそうと思うとついつい誘惑に負け、規格と違うものを売ってコストを抑えようとしたり、あるお客様だけにしか販売しないと約束していた商品が少し売れると、競合他社にも売りたくなったりする誘惑が出てきます。これの誘惑に打ち克って愚直に商売をすることは信用に直結します。

                「約束を守る」は「嘘をつかない」にも通じますが、お客様への納期や仕様を守るのはもちろん、仕入先様への支払いや社員に対する約束(就業規則)なども含め、会社として行った約束をきちんと果たしていく、ということが単なるビジネスだけではなく、会社そのものの評判にも関わってくるのです。

                「礼儀を尽くす」は私が一案大切にしている父の教えですが、中でも「お世話になった方が引退しても決してないがしろにしない」は肝に銘じています。現役時代、どんなに立派な肩書をもっていても、サラリーマンが定年退職して「ただの人」になってしまうととたんに冷淡になるのが世の常です。しかし、例えどんな境遇になられても、お世話になった方々には最後まで礼を尽くしなさいと父から言われ、私も実行しています。また、このような気持ちを持ち続けることで、逆に何でも自分ひとりの力で成し遂げてきた、というような馬鹿な思い上がりを防ぐ効果もあると思います。

                このように、信用の力というのは、決して自分1人の力で一朝一夕にできるわけではなく、企業の歴史の中で少しずつ育まれ、熟成し、DNAのように受け継がれてくるものだと思います。そして、その伝達に成功した企業こそが、また次の世代に残せる事業を継続できるのではないでしょうか。
                | 後藤百合子 | 100年企業のつくり方 | 05:39 | - | - |
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