ASIAN NOMAD LIFE

日本、香港、中国で生活・仕事をしてきてシンガポール在住8年目。
書評:「ライフ・シフト」〜100年生きる時代を乗り切るには?
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    JUGEMテーマ:経済全般

     

    ■100年間生き抜かなければならない時代

    国連の推計によれば、2050年までに、日本の100歳以上人口は100万人を突破する見込みだ。(中略)2007年に日本で生まれた子どもの半分は、107年以上生きることが予想される。いまこの文章を読んでいる50歳未満の日本人は、100年以上生きる時代、すなわち100年ライフを過ごすつもりでいたほうがいい。

     

    日本語版への序文に書かれたこの一文は、まさにショッキング以外の何物でもありません。

     

    現在の日本では、40代、50代サラリーマンで、親の世代のように60歳で定年退職し、その後は年金で余生をじゅうぶん暮らせると考えている人は、一部の恵まれた方々を除きほぼ皆無だとは思いますが、それでもファイナンシャルプランナーなどが推奨する「貯蓄して投資して老後資金を!」という記事のほとんどでは、65歳まで再雇用で働いた後は厚生年金を主軸に、それまでに貯めたり投資した老後資金を食いつぶして80代程度まで生きていくという前提となっています。

     

    その非常に楽観的な人生設計を冒頭でこの一文が突き崩します。まさに「100歳まで自己責任で生き抜かなければならない時代」に私たちは差しかかっているのです。

     

    ■逃げ切り世代のジャックと、ライフ・シフトの潮目で瀬戸際に立たされるジミー

    本書では、1945年生まれのジャック、1971年生まれのジミー、1998年生まれのジェーンという3人のモデルケースが描かれます。

     

    子育てや友人、地域コミュニティの付き合いなどを一手に引き受ける専業主婦のジルと子どものモデル家庭をもつジャックは、教育→仕事→引退という3ステージの人生を全うし、62歳で引退。70歳で亡くなります。最終所得の30%をカバーする公的年金と企業年金を受け取り、不足分は貯蓄から補充。引退後の収入のソースは3つあり、引退してから死亡するまでの期間が短かったこともあり、お金の心配は全くありません。

     

    これに対し、今後の先進国では確実に公的年金は先細り。日本では特に、1960年に公的年金受給者1人に対し、勤労世代10人が国民年金を支払っていたのに対し、2050年には受給者7人に対し、勤労世代10人と予測されます。単純に考えれば、公的年金は60年代の1/7の水準に落ち込むということです。

     

    企業年金も同様に、増える受給者に対処できません。1987年にイギリス企業年金加入者は810万人でしたが、2011年には290万人に、アメリカでは企業の確定給付型年金を利用できる人の割合は、1983年には全体の62%だったのに対し、2013年には17%だそうです。

     

    この年金給付の減少が1971年生まれのジミーを直撃します。

     

    政府努力(増税や保険料のアップ)により公的年金により最終所得の10%をかろうじて確保するものの、企業年金はほとんど期待できません。さらに追い打ちをかけるように、引退してからの寿命が延びます。

     

    ジャックは42年間の勤労期間に対して8年間しか引退機関がありませんが、ジミーは65歳まで働いたとしても、勤労期間が44年に対して引退期間が20年と、ほぼ2対1の割合になります。その分を自己資金で賄う必要がでてきますが、著者の試算によると、最終所得の50%を維持するための勤労期間の必要貯蓄率は17.2%にもなります(老後資金のみ)。これは大部分の会社員には現実的にはほぼ不可能な数字といえるでしょう。

     

    この影響を1971年生まれのジミーは直接受けることになります。大学卒業後IT企業に就職し、グローバル化の波により失業するも再就職をした後70歳まで仕事を続けますが、給料は先細り、貯蓄も残りの引退生活を過ごすには十分ではありません。

     

    そこで、著者はジミーの人生の3ステージに0.5ステージをプラスした3.5ステージの人生を想定します。55歳のジミーは勤めている会社を辞めて大学での講師の職を得ます。給料は下がりますが、70代になっても仕事を続けられるため貯金を取り崩さなくてはいけない期間が減り、プライベートの時間も増えるので仕事と家庭のバランスもとれるようになります。また、別の選択肢としてパートタイムのコンサルタントやまったくITとは関係ない、小規模なお店のマネージャーの仕事も提示されます。これらの仕事のメリットは、教育に再投資する期間や金銭が必要なく、かつ、長期間働けるというものです。

     

    もう一方で、ジミーが4ステージの人生を選んだ場合の可能性も描かれます。45歳のジミーは自身のスキルが時代遅れになってしまっているのを実感し、1年間にわたり余暇の時間を犠牲にしてスキルを磨くための講習に参加します。この間、妻との関係も再構築し健康への投資も始めます。インドが本社の会社に再就職して仕事をしながらさらにスキルを磨くための勉強も怠りません。

     

    そして5年後、50歳になったジミーはさらに高いスキルを求めて勉強を続け、65歳時には高度なスキルをもつ国際的プロジェクトマネージャーとして自立しています。仕事の評価は高く、70代後半になってもまだ仕事の依頼があり、77歳まで働くことになります。(これ以外に起業の可能性も描かれますが、失敗した場合も「ポートフォリオワーカー」として自立して稼いで行ける可能性は高いとしています)


    ■白紙から始まる人生設計を構築するジェーン

    これに対して、1998年生まれのジェーンは100年以上生きる可能性が高いため、最初から教育→仕事→引退という人生を前提にできず(65歳で引退するためには所得の25%を貯蓄し続けなければならない)、また、これだけの長期間、連続して働くことは精神的、肉体的にもムリがあるため、見えない資産である人間関係や、自身の健康を再構築したりする期間が必要になります。

     

    さらに今後、AIやロボットの台頭により中スキルの仕事が消滅していくことにより、自身の仕事のスキルアップを図る再教育の期間も必要となるのです。この前提では、3ステージは想定できず、最低でも4ステージ、または5ステージの人生を生きなければならない可能性が示唆されます。

     

    そんな世代のジェーンが5ステージを送るとして想定された人生の大学卒業後のステージで選ぶのは「エクスプローラー(探検者)」と呼ばれる状態です。ラテンアメリカを旅し、スペイン語を学んだ後、お祭りの屋台でビジネスを学び、組織作りや予算管理の基礎を学び、人的ネットワークも構築していきます。そして20代後半には起業してイベント会社を立ち上げ、クラウドファンディングで資金を調達してビジネスを軌道に乗せ、世界中を飛び回る生活を送ります。

     

    30代半ばにジェーンの活躍をみた有名な食品会社にヘッドハンティングされ、順調に出世。ビジネスの知識や専門技能を磨く一方、セミナーを受講してネットワークを広げ、ブログを更新したり、記事を書いたり、講演をしたりして自分自身の価値アップにも余念がありません。

     

    そして結婚。37歳で長女を、2年後に長男を出産し、45歳で大企業を退職。しばらく主婦業をしますが、次の可能性を求めて48歳で人材採用コンサルタント業を始め、60歳でまたもやヘッドハンティングされて大手企業の取締役に。再び超過酷なビジネス世界で生きることになります。

     

    70歳になったジェーンは改めて人生を再構築する決心をして、仕事をやめ、夫と旅に出てリフレッシュ。NGOや企業取締役、公的仕事など3つの仕事をかけもちする「ポートフォリオワーカー」となり、85歳でやっと引退します。また、別の可能性として著者は、ジェーンが古巣の食品業界に戻り、以前よりも低い役職で若い人たちと仕事をする選択もありうるとしています。

     

    ■「若々しさ」「遊び」「探検心」「るつぼの体験」

    ジェーンの世代にこれからどのような社会的変化が起こるのか、著者自身も認めているように、未知の部分のほうが大きいでしょう。

     

    しかし、最も悲観的に描かれるジミー世代の問題は、今、まさに2017年の私たちに突き付けられている切実な人生の選択の問題です。

     

    この箇所を読みながら、ジミーの4.0の選択をすでに実践している人が私の知人にいることに思い当りました。

    (もちろんすべての人が実践できるわけでなく、3.5の人生のほうが現実的であるということは本書でも述べられています。それについてはまた、改めて書きたいと思っています)

     

    奇しくも2人ともアメリカ人。

     

    1人目は結婚してすぐ、日本で職を得た私の夫の上司だった人です。彼は非常に優秀で、大学卒業後米IT企業に勤務。めきめきと頭角を現し、30代初めで日本支社の営業兼業務部長として厚待遇で赴任し、業績を伸ばします。ところが40歳になるころ本社が業績不振により買収されることになり退職。短期間で法律の修士号を取得してITに関する法律の専門家となり、現在は世界各地で講演やコンサルティング業務を行う、インディペントワーカーとして引っ張りだこの人材になりました。現在は50代半ばですが、業界では高名な専門家としての地位を獲得しています。

     

    もう1人は、30代初めから20年以上の付き合いになる私の友人。彼はアジア学を専攻して大学を卒業後、台湾に留学して完璧な中国語を身につけ、台湾と香港で証券会社のアナリストの職を得、イギリスのプライベートバンクにやはり厚待遇でヘッドハンティングされ、中国企業専門の辣腕アナリストとして活躍します。ロンドン郊外に豪邸を求めて、子ども2人をびっくりするほど高額な学費のパブリックスクールに通わせていましたが、出張、出張の過酷な生活に限界を感じたためか、数年前にアメリカに戻って自分自身で投資を行いながら生活をしていました。しかし、リーマンショックと中国の株暴落が重なり、資金が枯渇。2年前に起死回生でまったく違う仕事の研修プログラムを受講し、現在はやはりインディペントワーカーとして新しい仕事を軌道に乗せているところです。また同じく友人である台湾人の妻も、夫の転機を機に中国語講師の仕事を本格的に始め、高校や大学で教える充実した日々を送っています。

     

    彼らの例を見てもわかるように、ジミーやジェーンの人生は遠い将来に起こることではなく、すでに間近に迫っている私たちの世代の出来事です。

     

    これらの転機を乗り切るために必要なのは、「若々しさ」「遊び」「探検心」「るつぼの体験」であると著者は言います。40代半ばから後半になれば、まだまだ出世競争の真っただ中にある人を除き、大半のサラリーマンはこれからの自分の会社員人生の先が見通せるようになってくると思います。その時にこそ、若いときの遊びの感覚や探究心を取り戻し、新しいことにチャレンジする気概が求められるのではないでしょうか? その際に非常に役立つのが、いろいろな国や年齢や職業の人たちと一緒に働いたり遊んだりした「るつぼの体験」であるのだと思います。

     

    ■「80歳まで働く」のは当たり前だった。

    最後に、本書で一番印象的だった一文をご紹介します。

     

    興味深いのは、歴史を振り返ると、比較的最近まで引退年齢がもっと高かったという点だ。1984年のイギリスでは、65歳以上の男性の8%しか職をもっていなかったが、約1世紀前の1881年には、この割合が73%に達していた。1880年のアメリカでは、80歳の人の半分近くがなんらかの職をもっていて、65歳〜74歳の80%がなんらかの形で雇用されていた。

     

    「80歳まで働けというのか!?」と年金政策を批判する声もあるようですが(私は別の意味で日本政府の年金政策を批判していますが)、実は「働けるうちは働く」のがごく最近まで世界では当たり前だったのです。また、いっぽうで、働けるだけの健康や、職場や、それを支えてくれる家庭があるということは、人間にとって根源的な幸せの要素ではないでしょうか?

     

    「働く」ことの意味を改めて考えるという意味でも、本書は素晴らしい本であると思います。

    | 後藤百合子 | 高齢化社会とビジネス | 19:27 | - | - |
    新たなビジネスモデルが続々登場するシンガポールのネットビジネス
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      ■いつ行っても閉まっているジュエリーショップ

      数か月前シンガポールの自宅近所の、お店は数軒あるものの比較的静かな通りに、1軒の素敵なアンティークのジュエリーショップができました。

       

      「オープンしました」と書けないのは、このお店、いつ行っても閉まっているのです。看板もなし。

       

      しょっちゅうこの店の前を通るのですが、朝行っても、午後行っても、夜行っても開いていない。でもガラス張りなので中は見えます。お店の中にはうっとりするようなアンティークのアクセサリーや絵などがセンスよくディスプレイされていて、作業台のようなものもあります。

       

      何度か覗いているうちに夫が小さな表示を見つけ、この店が予約制で事前にアポイントメントを取らなければ入れないことがわかりました。表示に書かれていたウェブサイトコンタクト先を確認して連絡を取り、先日、やっとお店に入ることができました。

       

      見立て通り、近くで見るアンティークアクセサリーはすべてパラナカン(マレー半島に古くから住み着いている華僑の文化)独特のモチーフや材料がふんだんに使われており、美しいのはもちろんのこと、現在ではもう作ることのできない工芸品ばかり。夫におねだりして翡翠とダイヤモンドをあしらった小さなイヤリングを買ってもらうことにしましたが、デザインはアールヌーボーで100年は経っているということでした。

       

      それにしても、せっかく実店舗があるのにあえて開けない、というのは初めて知ったビジネスモデルです。オーナーの30代と思われる女性に聞くと、昼間はウェブサイトの問い合わせの返信をしたり商談をしたり、配達をしたりするのに忙しく、ウェブサイトやインスタグラムのページを作成したり、アンティーク商品の修理をしたりの作業はほとんど深夜とのこと。

       

      恐らく常に店を開けておくための人件費やスタッフ教育コスト、それに割かれる自分の時間を考えると、合わないと考えたのではないでしょうか。主として倉庫兼作業場として使用されているようでした。

       

      実際、店に置いてある商品にはまったく値段がついておらず、聞くとコンピュータのデータベースに入っている値段をみて教えてくれる、といった調子で、店舗として機能していないのは明らかでした。(ちなみにいくつか聞いた価格は、品質と希少性を考えると驚くほどリーゾナブル!)

       

      ■服飾商品の40%がネット販売に

      ある業界関係者から聞いた話ですが、現在、シンガポールの服飾関連商品の売り上げは、すでに約40%がオンライン販売になっているそうです。

       

      ファストファッションはまだまだ店舗依存率が高いため店舗数も増えていますが、上に紹介したショップのように特に嗜好性が高い商品を扱う店ついては、圧倒的にネットのほうが効率がよく、また、そこまではいかないけれど一定の顧客を掴んでいるローカルブランドも、実店舗を運営しながらも着実にネットでの売り上げを増やしているといいます(それなりの知名度を誇るローカル人気ブランドやセレクトショップも多店舗戦略を採用しているところはほとんどありません)。

       

      ただでさえ家賃が異常に高い(東京の約22.5倍くらいの感覚です)のに加え、どうしても集客範囲が限られてくる実店舗よりも、マーケティングさえ確立できれば、シンガポールにとどまらず東南アジア各国、英語でサイトを構築することにより世界中の国々、中国語で中国や香港・台湾などからも集客できる可能性も高いのです。

       

      昨年度、日本のインターネット広告費が初めて1兆円を超えたのが話題になりましたが、日本と同じく、従来は新聞、雑誌、テレビなど既存の広告メディアを基本としていたシンガポールのマーケティングも、日本以上のスピードでオンラインマーケティングにシフトしつつあります。

       

      ■シニア起業は若年層にはできない手間ヒマかかる商品で勝負

      こちらもやはりネット起業したのが、すでに還暦を超えた夫の従姉。

       

      50代初めに長く勤めた職場をリタイアして自宅で母親の介護をしていたのですが、先日、とある(シンガポールにしては)大規模なファッション・マーケットでいきなり声をかけてきたお洒落な女性がいて、それが彼女でした。

       

      昨年春に彼女の母親が亡くなるまでは、介護の傍ら動物愛護団体から引き取ってきた猫や犬を何頭も自宅で世話しており、いかにも「主婦」という感じでしたので、流行色の細身のパンツとシャツをすっきり着こなした女性に声をかけられてもすぐには気づきませんでした。今やすっかりキャリアウーマンの風貌です。

       

      そんな彼女が選んだのは、シンガポールでブームの兆しがみえるCold Brew Coffeeという水出しコーヒー

       

      抽出に16時間以上かかるというほど、とにかく手間暇がかかり、とても大量生産には向きませんが、彼女はリタイアの身ですので時間はたっぷりありますし、自宅を作業場にしているそうなので家賃を払う必要がありません。ネットショップの他、法人営業もしているそうですが、営業関係はパートナーに任せているようです。

       

      彼女のようなシニア起業では、まず、当面の生活費や運転資金を稼ぐために無理な仕事をしなくていいこと、これまでの経験からある程度ビジネスの目途も見当がつきやすいため短兵急に利益を求めなくてもいいこと、大手や既存の企業には難しいニッチな市場で手間ヒマかけた商品を作ることができることなど、ビジネスをスタートする上で優位性を確保できるメリットがたくさんあると痛切に感じました。

       

      ■ネットで新しいビジネスモデル展開へ

      シンガポールは国土が東京23区程度の都市国家であり、起業に必要な環境がよく整えられているため、テスト的な多様なビジネスを始めることが可能です。

       

      もちろん、スタートアップの9割は失敗に終わるという通説にもれず、現れては消えていくビジネスも決して少なくありませんが、特にネットビジネスでは、低いコストで実験的なマーケティングができるという意味で、今後の日本でのビジネスモデルを考えるうえで参考になることが多いように思えます。

       

      店舗があるのに予約でしか開けないジュエリーショップ、シニア女性が起業したネット限定のコーヒー飲料店など、まだまだ日本ではなじみの薄いビジネス形態が今後どう成長していくのか、楽しみに見守りたいと思います。

      | 後藤百合子 | 高齢化社会とビジネス | 00:13 | - | - |
      「移民は拒否」でも「経済成長」したいは可能?
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        JUGEMテーマ:ビジネス

         

        ■移民アレルギーと経済成長信仰が同居する不思議

        上野千鶴子さんが書かれた「脱成長」と「移民」を論じるエッセイがさまざまな議論を呼んでいます。「脱成長」はけしからんけど、「移民はムリ」をやっと認めたのは評価するという意見がある一方で、「移民はムリ」はとりあえずおいておいて、「脱成長」は若い人たちに対して失礼であるし、逃げ切り世代の傲慢だ、という意見も広く共感を呼んでいるようです。

         

        私もこれまで何度か移民について書いたことがありますが、そのたびに、信じられないほど強い拒否反応が返ってくることに驚かされたものです。

         

        私自身は、子どもの頃から在日韓国人の複数の家族と家族ぐるみの付き合いをし、大学では台湾人留学生にノートを借りて単位を取り、香港や中国で勉強したり働いて、中国人のみならずいろいろな国籍の友人や同僚そして部下と仕事をし、イスラム教シンガポール人の親友の家に通っているうちに付き合い始めた華人系シンガポール人の夫と結婚し、カンボジアから迎えた養子のクラスメートの仲良しの友人たちはマレー系やインド系など、民族や国籍の違いをほとんど意識することのない生活を50年以上送ってきました。

         

        また、ビジネスを長くしてきた者としては、「外国人は絶対に入れてはだめ」と頑なに門戸を閉ざし、なおかつ「経済成長は絶対に必要」とこだわる姿勢の矛盾に多くの方々が気づいていないのも不思議に感じます。

         

        ■一筋縄では語れない経済成長

        経済成長に関してですが、これには2つの側面があります。1つは労働力の問題、もう1つは市場の問題です。

         

        先月の記事にも書きましたが、労働生産性がOECD諸国の中でも著しく低かったかかわらず、日本はつい最近まで長期間にわたり、アメリカに次ぐ世界第二のGDPを誇ってきました。

         

        その理由は簡単です。明治時代から2010年まで一貫して人口が増え続けたからです(太平洋戦争後短期間は微減)。

         

        人口が増えるということは、労働力確保はいわずもがなですが、消費市場が形成されるということです。他の先進諸国と比べて割安で豊富(しかも画一的労働では非常に優秀な粒ぞろいの労働者が揃っていました)な労働力を背景に、巨大な労働者=消費者の市場が形成されてきました。

         

        市場という観点で経営を考えるとき、会社の売り上げを増やすためには、次の3つしかありません。1.市場が拡大する。2.市場の中でのシェアを上げる。3.(海外市場やまったく別の市場という)従来なかった市場で売り上げを上げる。

         

        これを日本という国に当てはめれば、2の国内シェアについては現在も将来も100%なわけですから、1.日本の人口そのものが増えて市場が拡大する。3.海外市場で売り上げを拡大する。の2択しかありません。現在の人口トレンドでは移民を受け入れない限り国内市場縮小は火の目を見るより明らかですし、大企業はともかく、日本という巨大消費市場だけで商売をしてきた多くの日本の中小企業が、これから短期間のうちに人口減少分を有り余って成長できるほど海外で自社製品やサービスを販売できるかはすこぶる疑問です。

         

        ■ドイツの難民受け入れは単なる人道主義ではなく経済成長のための対策

        日本ではあまり人気がありませんが、経済や政治を語るときに、地政学とともに真っ先に挙げられる学問が「人口学」(demography)です。

         

        その人口学を代表する学者の一人がフランスのエマニュエル・トッド氏です。

         

        トッド氏は、移民を惹きつける力こそ、その国の活力であり、ドイツは戦後、ユーゴスラビアやトルコ、その他の東欧諸国から移民を受け入れることにより、一貫して経済成長を遂げてきた、そして日本と並ぶ超高齢化社会でありながら、経済成長を諦めていない、と分析しています

         

        実際、昨年、ドイツの工場を訪問した際、現在の急激な難民流入に賛成する人も反対する人も、ドイツ人全般としては移民に対して非常に寛容という印象を受けました。

         

        昨年の記事にも書きましたが、ある中堅企業の営業マンはオランダ人で、アシスタントはドイツ生まれのトルコ系ドイツ人です。オランダ人営業マンはメルケル政策に非常に批判的で、「こんなに中東難民を入れたら治安が悪くなる」と文句を言っていましたが、自分のアシスタントについては「彼女はイスラム教徒でもドイツ生まれだから全く問題ない」と庇いました。

         

        ある数人規模の工場の社長さんは、自分のような規模の工場では常に採用難で、生まれながらのドイツ人か移民かを問わず、応募してくれる若者はとにかく採用すると言っていました。今一番目をかけているのは、イラク移民の若者だとも語りました。

         

        この2社はともに、海外販売の割合が非常に高く、2人とも年中世界を飛び回っています。逆に言えば、これだけ移民を受け入れながらもドイツ国内売り上げだけではなかなか成長は望めないのです。

         

        ■「ドイツ人」「日本人」の定義とは何か?

        このように「移民」に関する考え方の中で、ドイツで実際に起こっているのは、治安の悪化以上に「ドイツ人」という概念の変容であると思います。

         

        オランダ人営業マン(すでに30年以上このドイツ企業で働いていて同族の経営陣の番頭のような立場です)がトルコ系アシスタントを「ドイツ人」と呼び、ドイツ人社長がイラク移民の若者を有力な幹部社員候補として育てているのを見たとき、彼らにとって重要なのは「ドイツ語を話し、ドイツの文化を理解できること」であって、民族や以前の国籍ではないということです(もちろん現在の国籍は彼らにとっても重要です)。

         

        また、日本でもごく一部の人々を除き、現在では、ソフトバンクの孫さんのような日本で生まれ育った在日韓国・朝鮮の方々が帰化した場合、受け入れられない人は多くないでしょうし、日系南米人の親に連れられて来日し、日本の学校を卒業して日本に帰化した方々が差別されるということも少ないのではないでしょうか?

         

        であれば、ドイツと同じく、日本でも、第二世代、第三世代となれば移民も自然に日本人として同化していくと思います。移民を阻む最大の障壁は、第一世代の「言葉が通じない」「文化が違う」人を受け入れたくない、という現在のアメリカ・ファースト主義にも通じる排他性ではないでしょうか。

         

        そしてその感覚は、上野千鶴子さんの世代だけでなく、これからの超少子高齢化社会で上野さん世代を担う役割を背負わされている(現在のところは)世代も共通してもつものだと感じます。

         

        ■移民なしの経済成長を求めるのなら、真剣に具体的な議論を

        私は移民を拒否するのも、経済成長を諦めるのも、日本国民がこれから日本という国の将来をどう作っていくかの合意形成をしたうえで行うのであれば、まったく問題ないと思います。

         

        上野さんは「移民は拒否するしかないだろう、だから経済成長を諦める必要がある」というスタンスであり、私個人としてはかなり納得しました(一部の批判的な議論では治安の問題に力点が置かれすぎている難があり、この問題を持ち出す必要はなかったのではないかと思いましたが)。

         

        逆に、「移民は拒否しても経済成長は諦めたくない」のであれば、どうやってそれを実現するかを真剣に議論する必要があります。「最後まで頑張ろう」などという精神論/感情論だけではこれほど二律背反する困難な目標は決して達成できないのです。

         

        前人未踏の厳しい状況下でなお、あくまでも「経済成長」にこだわり、「次の世代」の将来を真剣に慮るのならば、アベノミクス(特に第三の矢)の再検証も含め、国会やメディアの場で真剣かつ冷静、具体的、詳細な議論をする時期として、まったなしの状況が到来していると私は思います。

        | 後藤百合子 | 高齢化社会とビジネス | 06:23 | - | - |
        「老い」のマーケティング
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          ハフポスト日本版に「水着になった60歳のモデルは、本当のセクシーを教えてくれる」という記事が掲載されていました。

          記事によると、オンライン専門店の「ザ ドレスリン」と下着メーカー「ランド・オブ・ウーマン」がコラボ水着の広告に、60歳の現役モデル、ヤスミーナ・ロッシさんを起用。白いワンピースタイプの水着を着たヤスミーナさんをさまざまな角度から撮影した写真を紹介しています。

          記事は「セクシーとは必ずしも露出が多くする必要はなく、若くなければいけないわけでもないと、あらためて思い出させてくれる。」と結ばれていますが、残念ながら、私にはとてもそう思えませんでした。おそらく、ほとんど修正を施していないであろう写真には、60歳の年齢を正直に映すロッシさんのシワやたるみに覆われた肌がこれでもかというくらい写されていたからです。

          ■閉経は「もうセクシーでなくてもいい」という女性の体のシグナル
          女性なら誰でも知っていることですが、年齢が一番はっきりと出るのは肌です。

          シワやシミ、たるみを防ぐために、紫外線から肌を守ったり、高価な美容液を塗ったり、さらには数万円もするプラセンタ(胎盤)を飲んだり注射したり、外科的に皮膚を引っ張り上げて伸ばしたりと、世の多くの女性たちは肌の若さを保つため、涙ぐましい努力をしています。

          しかし、どんなに努力しても、肌のツヤやハリは、20代半ばをピークにどんどん衰えてきます(昔「25歳はお肌の曲がり角」という化粧品会社のキャッチコピーもありました)。卵巣機能が低下し、女性ホルモンの分泌量がどんどん減少していくからです。これにより皮膚中のコラーゲン量が減少し、角質層の水分量が少なくなり、ロッシさんのように乾燥してシワやたるみの多い肌に変化していくのです。そして、この変化が最も劇的に表れるのが更年期以降です。

          ロッシさんは60歳ということですので、更年期を経てほとんど女性ホルモンの分泌がなくなっている状態だと思いますし、私もまた、現在更年期の真っ最中ですので、身をもって女性ホルモンがどんどん少なくなっているのを感じています。それはつまり、体が「もう子供を産もうとがんばらなくてもいい」「もう女性ホルモンの力を借りて男性にアピールしなくていい」と伝えているのではないか、妊娠できる年齢のうちは動物として異性にアピールするセクシーさが求められてきたけれど、もうそれをしなくてもいい、という自分自身の肉体からのメッセージではないかと思うのです。

          そして、ロッシさんもそのことを十分わかった上で、あえて60歳のありのままの自分の肉体をカメラの前に置いたのではないでしょうか?

          ■女性にとっての50代は人生最大の転換点
          性に対する欲望は、食欲や睡眠欲と同じく、人間として当たり前かつ根源的なものです。妊娠可能年齢のうちは意識的にせよ、無意識的にせよ、男女ともに自分をよりセクシーに見せ、異性(一部の人には同性かもしれません)を惹きつけたいという欲求があるのが普通でしょう。

          逆に、妊娠できなくなる年齢になると、男性ホルモンや女性ホルモンが減少し、そのような欲望も激減します。男性には大きな個体差があり、高齢でも子供を作れる人もいますが、女性の場合はその期間が閉経まで、と非常にはっきりしており、時期も大部分が50歳前後とほとんど同じ。女性にとって50代後半以降は、肉体的にそれまでの人生とは大きく変わり、同時に価値観も大きく変わる大きな節目といってもいいと思います。

          経営者として社員や就職希望する方を多数見てきましたが、女性にとっての50代というのは、生き方を変えたり、新らしいステージにさしかかった自分の人生を見つめ直す最大の転換期といってもいいと思います。老親の介護や若夫婦に代わって孫の世話をするなどの理由で会社を辞めたり転職したりする人は多く、中には熟年離婚を決意する人もいます。理由はさまざまですが、私には彼女たちの背中を押す最大の要因は、ホルモンバランスの変化ではないかと推測しているのです。

          ■そごう柏店の閉店に見るシニア・マーケティングの難しさ
          セブン&アイ・ホールデイングスは今月、そごう柏店を9月いっぱいで閉店することを発表しました。この記事によると、そごう柏店では高齢者にターゲットを絞り、シニア向けのカルチャーセンターを設置するなど差別化を図っていましたが、近隣のショッピングセンターに家族連れでシニア顧客が流れてしまうなど思うように売り上げを伸ばすことができず、閉店の決断に至ったということです。

          これを読み、シニア消費者、特に家計を握る女性シニア消費者のマーケティングはつくづく難しいと思いました。

          若い女性消費者の心をがっちりつかみたければ、ファッションや化粧品など異性にアピールするセクシーを全面に押し出すことはできますし、ファミリー層であれば子供や家庭用品の品揃えを強化すればいいでしょう。しかし、シニア女性消費者は、人生の第二ステージを迎えて、その多くが「自分らしく」生きたいと思っているはずです。もちろん子供や孫のための消費もあるでしょうが、それは一部でしかありませんし、そごう柏店が用意したように、ダンスや短歌のクラスを開いても、みながみなそれに興味をもつわけでもありません。何よりも、当の本人たちがどうしたら自分らしく生きていけるのかを、必死に模索しているのではないでしょうか? その選択肢を思うように提供できていないのが、現在の日本のシニア・マーケティングなのではないかと思うのです。

          ■女性の人生95年時代の消費とは?
          4人に1人が65歳以上となった現代の日本社会で、多くの女性の推定寿命は95歳ともいわれます。病気で自分の思うように動けない人もいますが、巷には後期高齢者と呼ばれるようになっても、元気いっぱいの女性たちがあふれています。

          更年期を50歳としても、残りの人生が45年間。女性の人生の第二ステージは第一ステージとほぼ同じくらいの年月があり、日々の生活の中で、ただ生きるためだけではない消費は豊かな人生を送るための重要な要素でもあります。

          このことを考えるとき、「セクシー」や「ファミリー」だけではなく、もっと多様な価値観に応えることができるマーケティングが求められているのだと思います。そしてそれこそが、超高齢化社会における「日本再生」の鍵になるのではないかと思うのです。
          | 後藤百合子 | 高齢化社会とビジネス | 18:45 | - | - |
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