ASIAN NOMAD LIFE

日本、香港、中国で生活・仕事をしてきてシンガポール在住8年目。
映画評:『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』〜苦難の時に非ポピュリストを選んだ英国
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    JUGEMテーマ:政治

     

    『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』(原題:Darkest Hour)を観てきました。

     

    舞台は1940年5月のロンドン。ヒトラー率いるドイツ軍がヨーロッパ諸国を次々と侵攻していく傍らで、イギリスはドイツ軍に対して抗戦するか、もしくはイタリアを通じて和平交渉に入り独立国としての立場を失うかの瀬戸際に立たれています。

     

    戦況が悪化する中チェンバレン首相が失脚。

     

    新首相に選出されたチャーチルはこのとき65歳。

     

    「イギリスの独立を守るために不退転の決意で戦う」というチャーチルに対し、政敵は自己満足のために無辜の若者たちをみすみす戦場で死なせるつもりかとドイツ同盟国のイタリアとの和平を迫り、自らの秘書からさえも考え方についていけないと非難される体たらく。チャーチル自身も犠牲になった兵士たちを思って深く傷つき、悩む日々を送ります。

     

    ドイツ軍の攻撃により無数の難民たちが故郷を追われて彷徨う中、フランス指導者たちは「すべてコントロールされている」と胸を張り、イギリスの議員たちは危機的状況の中でも政局に明け暮れ、「見たくないものは見ない」ポピュリストのディシジョン・メーカーたちはひたすら決定を後延ばしにし、その場しのぎの対応に終始し続けるのです。

     

    その中でチャーチルはその言動や行動によりあちこちで軋轢を生じながらも、自らの信念を意固地に守り続けて議会や国王、そして国民の信頼を勝ち得ていきます。

     

    全編を通して、映画はチャーチルが演説原稿を起草し推敲するシーンで進められていきますが、正直なところチャーチルは決して演説がうまいわけではありません。最後のシーンの演説の実録を聞いても、滑舌が悪くドラマチックな要素はまったくありません(映画ではもう少しマシですが)。

     

    むしろ原稿を棒読みしているような口調、事実や数字を細かく読みあげる癖、関係代名詞を多用して次の文章につなげていくようなレトリックを多用した演説は、声のトーンや口調を巧妙に変え続け直接強く聴衆の心情に訴えかけるヒトラーの演説に比べると、あまりの違いに驚かされます(チャーチルはポピュリストとしてのヒトラーを非常に嫌悪したようで、ヒトラーの演説放送を消す場面も登場します)。

     

    チャーチルが首相になる前、決して国民に高い人気がある政治家でなかったのも頷けるのです。

     

    この映画を観て理解できるのは、恐らくイギリスが平和な時代であったなら、チャーチルが首相になることはなかったであろうこと。そして、国家が決定的に困難な時代を迎えたとき、ヒトラーのようなポピュリストを選ぶのか、チャーチルのようなアンチ・ポピュリストを選ぶのか、もしくは政局に身をやつして何も決められない、決めないリーダーを選ぶのか、私たちにはこの3つの選択肢しかないということではないかと思います。

    | 後藤百合子 | 映画評 | 20:47 | - | - |
    映画レビュー : 「ブラックパンサー」〜 オバマ大統領後の世界
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      娘の小学校が学期中休みなので、子連れでディズニー映画「ブラックパンサー」を観てました。


      前評判通りマーベリック・スタジオとディズニーのコンビの娯楽超大作だけあって、大人でも十分楽しめる内容。いや、大人だからこそかもしれませんが、この作品が今、子供をターゲットにしたディズニーからリリースされて、大ヒットしている現実に感慨ひとしおでした。


      全編を通して、とにかく映像が美しい。登場人物のほとんどを占める黒人の俳優さん女優さんがゴージャス(脇役の白人俳優さんたちがみすぼらしく見えるほど)。そしてアフリカの自然がスペクタクル。


      まさに、ブラック・イズ・ビューティフル。どこをとっても、これまでの白人中心のハリウッド映画にひけをとらないどころか、逆に進化している感があるのです。


      例えばアクションシーン。悪役の白人が機関銃を撃ちまくるのに対し「なんて原始的な」と吐き捨てて猫のようにしなやかにジャンプしてハイテク兵器の槍で仕留める女将軍。


      敵も味方も個性豊かで衣装も絢爛ですが、表層的な違いにとどまらず、民俗学的な行動様式も取り入れられ、いわゆるアメリカ的な善悪一辺倒の価値観を多少逸脱した展開には「ロード・オブ・ザ・リング」のような物語の奥行きも感じさせます。


      さらに、世界を舞台にしながらもメインの主人公たちは悪役も善玉も全てが黒人。この前提に違和感をまったく感じないのはやはり、この映画が世界最強国のアメリカでオバマ氏が大統領になった後だからではないでしょうか。


      同様に、主人公をサポートする恋人、家族(ギークな妹と気丈な母)、将軍は全て女性。これもアナ雪がなかったら荒唐無稽な筋立てに思えたかもしれません。


      つまりこの映画は、2018年現在のアメリカで、作られるべくして作られた作品なのだと思います。


      この映画やこれに続くであろう同様の映画を観て育った世代は、必然的に人種差別や性差別からさらに自由になっていくだろうと想像するだに明るい気持ちになります。


      もう一つ、印象的だったのは、アフリカ、アメリカ以外にアジアで選ばれたロケ地が韓国釜山だったこと。以前だったら東京か上海だったかもしれませんが、韓国はサムソンやKポップの成功で、現在、間違いなくアジアで最もホットな国と認識されているように感じます。

      | 後藤百合子 | 映画評 | 20:26 | - | - |
      もう一つの”LaLaLand"〜フランス映画「アーティスト」
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        JUGEMテーマ:ビジネス

         

         

        現在、シンガポールではフレンチ・フェスティバル・シンガポール「Voilah!」が開催されています。

         

        先週末のオープニングの土曜日には、我が家でも家族そろってGardens by the Bayでのファンタジックな大道芸に続き、「アーティスト」野外映画上映会に行ってきました。

         

        「アーティスト」は、2011年製作のフランス映画で、作品賞、監督賞、主演男優賞など第84回アカデミー賞で五冠に輝いた作品。舞台はハリウッド、スターをめざす駆け出し女優、ミュージカルなど、昨年大ヒットした「LaLaLand」を彷彿とさせる内容で、鑑賞後もやはりとてもポジティブで温かい気持ちになれる、というところでも共通点が多いと思いました。

         

        しかし、フランス映画ならではのひねりも登場します。

         

        ●主人公である人気スターの俳優ジョージの活躍の場が「サイレント映画」であり、新しいテクノロジーであるトーキー映画台頭の波に乗り遅れてあれよあれよという間に成功の階段から転げ落ちてしまうこと。

         

        ●大スターのジョージに憧れて田舎から出てきた女優の卵ペピーはジョージによって映画界の扉を開けられ、ジョージの人気凋落に反比例して、トーキー映画時代の寵児として大スターにのし上がっていくこと。

         

        ●そして最後は、すっかり落ちぶれて自殺未遂まで起こしたジョージの再起をかけて、ペピーとジョージが2人で協力して新しい映画の可能性を開く、という結末に終わるということ。

         

        映画「LaLaLand」では、主人公2人とも従来通り「努力して成功」パターンを手に入れますが、「アーティスト」では、産業構造の変化の流れに乗ったり、逆に落ちこぼれてしまったりする主人公たちが、2人で知恵を絞って工夫しながらイノベーションを創造する、というストーリーになっているのです。

         

        もう一つ、忘れてはならないのは、この映画がフランス人監督による、フランス人俳優(主人公2人)のための映画だということでしょう。

         

        1950年代から60年代にかけて世界の映画界を席巻したフランス映画ですが、国際マーケットの中ではここのところずっとハリウッド映画に押され、一時の輝きはありません。その最大の理由は「フランス語」という言語の壁でしょう。過去数十年間のうちに英語は間違いなく世界の共通言語となり、英語を使って製作されるハリウッド映画が映画界のスタンダードとなってしまったのです。

         

        例えば、今週金曜日に日本でも公開される予定の、チャン・イーモウ監督、マット・ダイモンを主演に中国や香港の大スターをキャストし、巨額の製作費をかけて製作された(でもさんざん酷評された)米中合作映画「グレート・ウォール」も、メインターゲットの市場は中国にもかかわらず、言語は英語です。

         

        そのような映画製作環境にあって、英語のネイティブスピーカーでない国出身の俳優たちは、世界の檜舞台に立ちたいと思ってもなかなか活躍の場が広がりません。それを逆手にとったのが「アーティスト」のサイレント映画という設定なのです。

         

        主人公2人は生粋のフランス人ですから、英語はたいしてうまくないか、たとえ話せてもアクセントがあり、通常の映画だったらアメリカ人俳優の役は絶対に演じられないはず。それがサイレント映画という設定により、言語の壁を超えて主役2人がアメリカ人を演じきったところにこの映画のもう一つの醍醐味があります。

         

        最後に、この映画の見どころをもうひとつ。「時計仕掛けのオレンジ」の怪優マルコム・マクドウェルが出演。思わずにんまりしてしまうシーンもあり、「さすがフランスのエスプリ!」と唸らせてくれること間違いありません。

        | 後藤百合子 | 映画評 | 14:45 | - | - |
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