ASIAN NOMAD LIFE

日本、香港、中国で生活・仕事をしてきてシンガポール在住8年目。
少子高齢化時代の「持ち家+賃貸」の住宅選びオプション
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    JUGEMテーマ:幸せなお金と時間の使い方

     

    ■加齢とともにつらくなる家の掃除

    現在、私たち家族は、シンガポールの中心部から少し離れた住宅地にあるマンションに暮らしています。

     

    築13年で120崋紊離轡鵐ポールでは標準的な大きさ。間取りは3LDK+バルコニーをつぶして作った書斎。8年前に引っ越した際、書斎も含めて若干リノベーションを行い、壁の塗り替えなど家全体のハウスクリーニングをしました。

     

    毎月日本とシンガポールを往復していたこともあり、昨年までは近所のシンガポール人女性に週2回、洗濯やアイロンがけを含めてハウスキーピングを頼んでいましたが、今年になって週1度だけ水回り中心にプロの掃除をお願いするようになり、それ以外は私が1、2日おきに掃除機かけや床拭きなどの掃除をしています。

     

    ところが最近、掃除会社でいつも担当してくれるベトナム人の若い男性から「一度、大掃除サービスを頼んだほうがいいですね」と強く勧められました。言われて改めて家を見回すと、確かに8年間にこびりついた汚れが目につきます。定期的に掃除はしていますし、平均して年に1回ほど、来客があるときなどは1週間前からガラス拭きや換気扇掃除などに精を出していたのですが、それでも汚れは溜まります。そこで一念発起し、毎日場所を決めて徹底掃除をすることに決めました。

     

    始めてみての実感は、とにかくしんどいということ。

     

    自分ではそれほどきれい好きとは思いませんが、やはり日本人なので、換気扇カバーの取り付け部分の油汚れや窓のサッシの隅にこびりついた汚れなど、細かいところがどうしても気になります。それらを時間をかけてこそげ落とし、キッチンのタイル壁を1枚ずつクリームクレンザーでこすってから水拭きしたりしていると、あっという間に数時間たってしまい、終わった後は疲れ果てて放心状態。何もする気が起きません。

     

    これからどれだけこの作業を繰り返さなければならないかを考えると、今から気が遠くなります。

     

    ■家の維持管理はお金だけの問題ではない

    不動産選び永遠のテーマと言われる「賃貸か持ち家か」議論で持ち家の場合、ローン終了後も、維持管理のために出費が必要になる、という話をよく聞きますが、議論の中心が男性のせいか、私が現在実感している掃除の大変さという話はあまり聞いたことがありません。しかし、実際には多くの中高年女性が私と同じようなフラストレーションを抱えているはずです。

     

    20代の頃、当時住んでいた市の社会福祉協議会の有料ボランティアをしていたことがありましたが、月数回通っていた70代の老婦人は、なけなしの年金で1時間700円のチケットを買って、お米やじゃがいも、洗剤など重い日用品の買い物と、賃貸アパートのユニットバスの掃除を頼んでいました。

     

    ともに80代の夫の両親は我が家と同じくらいの広さのシンガポールの公団住宅に住んでいますが、やはり掃除が大変そうなのをみかねて、ときどき夫や夫の兄弟がお掃除サービスを頼んで義母にプレゼントしています。

     

    日本では成人した子どもが帰ってきたときのためにと部屋を用意しておく老親も多いと思いますが、家族もちの子どもであれば布団を干して掃除してからなければ泊まれないような部屋に泊まることを考えたら、近くのホテルをとったほうがラクという発想になるでしょう。

     

    あと2,30年もすれば自動で家のクリーニングをしてくれるロボットが登場するかもしれませんが、それはそれで高額でしょうし、家が広ければ広いほど外注クリーニングサービスも割高になります。

     

    そうこう考えると、現在のマンションに20年後、30年後も住み続ける自信は私にはとうていありません。50代、60代の友人女性たちと住まいの話をすると全員同感で、もっと歳を取ったら今の家やマンションより小さいマンションに住み替えたいという女性が圧倒的に多いのです。

     

    ■団地サイズのマンションは若い夫婦だけでなく、高齢者夫婦にも理想的

    「晴れて自分の家がもてる」と、40代後半でまだまだ体力も気力も十分だった私たち夫婦がこのマンションを買ったときには、将来、こんな問題が出てくるとは夢にも思っていませんでした。幸い、夫も結婚まで実家暮らし、私も長い間、会社の倉庫の一角を改装して作った社宅暮らしで、貯蓄がありローンなしでまかなえため、将来、もっと狭いマンションに引っ越そうと思ったらいつでも今のマンションを売ることができます。

     

    買い替えるときには、現在の半分以下のサイズが理想です。

     

    実は数年前、まだ東京の中古マンション市場が底値だった頃、50峩の築40年の2LDKマンションを購入しました。

     

    現在は若い夫婦の方に賃貸していますが、昨年まで東京の事務所で仕事をするときに自分で住んでいました。掃除もすべて自分でしていましたが、まったく苦痛ではありませんでした。

     

    下手に広いと家具やら本やらいろいろなものを置きたくなりますが、狭いので持ち物も必要最低限でスペースに余裕があります。また、古いだけに立地がよく、地下鉄の駅や病院などへのアクセスもよいのです。もし老後、夫と2人で日本に住む場合にはうってつけのマンションだと思っています。

     

    このマンションはもともと3DKだったものをリノベーションしたもの。できたばかりの頃は一般的な団地サイズのマンションとして、若い夫婦+子ども2人というモデル家庭がほとんどだったようです。私が買ったときには、子育てを終えた老夫婦の2人暮らしが住民の圧倒的多数を占め、それから数年経つうち、夫婦のうちどちらかが亡くなったり、お二人で施設に入られたりして空家が出ると、リノベーションして売りに出され、若いカップルや、小さいお子さんのいる夫婦が入居してくるケースが増えてきました。

     

    今はだいぶ価格が上がってしまったとはいえ、40〜50崑罎離泪鵐轡腑鵑亙振70岼幣紊裡LDKマンションと違い、都心でも若いカップルに手が届きやすい価格帯です。ましてや中古となれば、ちょっと頑張ればローンも通常の35年の半分以下でまかなえるでしょう。万が一、転職せざるをえない状況になってもローンのために仕事を選べない確率が低くなりますし、管理費や積立金の出費も抑えられます。また、当然ですが、支払う金利総額も下がります。

     

    ■60岼焚爾琶襪蕕MUJIの公団住宅サイズマンション

    これとは別の発想ですが、じわじわと認知度が広がってきているのが、無印良品の団地リノベーションです。

     

    このプロジェクトは2012年、都市再生機構(UR都市機構)とムジ・ネットがコラボして大阪から始まったもので、現在では東京、名古屋、福岡など大都市を中心に供給戸数が増加中。施工例を見るとほとんどが50嵬にの1〜2LDKで、入居しているのは単身者や若いカップルなど。築50年以上でも部屋の中は新築同様でお洒落なMUJIの家具がしつらえられており、入居者の話からも大人気な様子がうかがわれます。

     

    公団なので賃貸が基本ですが、このプロジェクトで団地サイズ住宅のリフォーム実績を積んだMUJIは、リフォーム例でも60岼焚爾離テゴリーを作って利用者を増やしているようです。中には成人したお子さん2人と一緒に暮らしているケースもあり、60岼焚爾任盒垢垢るわけではないことがわかります。

     

    ■それでも狭いと感じたら期間限定で3LDK賃貸を

    しかし、子どもが2人、3人と増えた場合には、1LDK、2LDKではさすがにきついと思う家族も出てくるかもしれません。50崛宛紊涼鎮魯汽ぅ困住宅の主流だった頃には畳の部屋が多く、一家で雑魚寝も普通でしたが、ライフスタイルが変化し子どもに1人1台のベッドと個室が当たり前の現在では、住み替えを考えざるをえない家族も出てくると思います。

     

    そのようなときは、これまで住んでいたマンションを人に貸して少し広めの3LDKマンションを期間限定で借りるのはどうでしょうか?

     

    複数の不動産関係の方に聞いた話では、都心の60岼焚爾離泪鵐轡腑鵑麓要が多いので空き家がほとんどないそうです。逆に70岼幣紊裡LDKになると借りるより買ってしまったほうがいいとなり、借り手がなかなかつかない物件も少なくないといいます。ということは、市場原理で広くなればなるほど、面積あたりの単価が下がるということです。

     

    子どもが中学生くらいから独立する20代前半までの10〜15年程度、都心なら賃貸し収入に数万円をプラスして、期間限定と通勤時間を我慢して郊外に引っ越すなら、下手をしたら賃貸価格より借りたほうが安くなるケースもあるはずです。

     

    また、金銭面だけではなく、自分の部屋がもてるのは社会人になるまで、と子どもの自立を促進する教育効果も期待できるかもしれません。

     

    ■住みたくないのに住み続けなければならない苦痛に耐えられるか

    いずれにせよ、子どもが自立した後、広すぎる一戸建てやマンションに夫婦だけで住むのは、スペース的にも、維持管理の点でもムダが多すぎると私は感じます。

     

    このまま少子高齢化が進めば早晩、不便な郊外のマンションや一戸建てにはほとんど需要がなくなる日が必ずやってきます。

     

    最近、国内のみならず海外メディアでも、一時は理想の住宅ともてはやされた東京郊外の住宅地がゴーストタウン化している様子が伝えられていますが、長くなる老後に、維持管理していくだけでもお金やマンパワーがかかり、引っ越したくてもローンが残っていたりお金がなくて引っ越せないという家に住み続けるのは苦痛以外の何物でもありません。

     

    自分が住む場所を考えるには、損得という視点からだけでなく、将来の自分の人生をどう生きるかということを強く意識して選択することも重要ではないでしょうか。

    | 後藤百合子 | 家計管理 | 16:50 | - | - |
    45歳までに使うべきお金と使ってはいけないお金
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      ■学生時代より社会人になってからのほうが人材力に差がつく

      プレジデント・オンラインで「新社会人はスタバに寄ってはいけない」という記事を読みました。

       

      この記事の主旨は、住民税がなくて社会保険料も1か月は天引きされない新入社員だからこそ、貯蓄の習慣を身につけて無駄遣いを戒めよう、というもので、大いに賛同します。

       

      そもそも、仕事における質の向上とは、自分という人材の付加価値、つまり「人材力」をいかに高めていくか、の一言に尽きます。サラリーマンであっても経営者(起業家を含む)であっても、自分自身が成長しなければ、仕事人生での成功はかないません。

       

      そしてそのためには、時間とお金の投資が不可欠なのです。

       

      アリとキリギリスの喩えではないですが、学生時代、もともとそれほど成績がよくなかった同級生でも、こつこつと地道に勉強している学生は最終的に希望する大学に入れたり、大学や大学院では給付型の奨学金をもらえたりしていたはずです。いっぽう、とても頭が良い人でも自分を過信して努力をしないと正反対の結果になっていたのではないでしょうか。

       

      これは社会人になってからも同じです。むしろ社会人になってからのほうがいろいろな誘惑が増え、自分自身にすべての選択が委ねられる分、さらに差がつきやすくなるとも言えます。

       

      ■ランチェスター戦略を応用した人材力の磨き方

      中小企業が大企業など他社と競争するときによく用いられるのが、「ランチェスターの第二法則」です。

       

      軍の戦闘力=武器性能×(兵員数)2

       

      これは、「選択と集中」の経営戦略について使われることが多いのですが、個人にあてはめるときは、

       

      人材力=もともとの適性や能力を磨くために行った内容x(そのために費やした時間数)2

       

      と置き換えるとわかりやすいと思います。

       

      仕事人生の前半を生きる40代半ば、45歳くらいまでは、このように自分の人材力を磨いては仕事の現場で活かし、さらにその結果を下敷きとしてまた人材力を磨く、の繰り返しです。

       

      そのためには、できるだけ投資できるお金と時間を増やす、つまり毎日の生活の中で、徹底的にムダな時間と支出を省くことが必要なのです。

       

      毎日のように仕事帰りにスタバで同僚と何時間もおしゃべりしたり、必要もないのにコンビニに寄って売り場をさまよい、スィーツやドリンクを買っているようでは、時間もお金も自分自身の人材力の向上ために使うことはできません。お金がたまらないどころか、どんな人にも公平に与えられている時間さえも、無意味に浪費することになるのです。

       

      ■使わなくてはいけないお金、絶対に使ってはいけないお金

      逆に、例えば、家賃の安いシェアハウスに住んで、週に一度、休みの日に一日中スタバに居座って仕事で必要な勉強をするとか、毎日の努力目標を決め、それができたときのみコンビニで好きなお菓子を買っていいことにする、などは有効なお金の使い方だと思います。

       

      また、一生を通しての財産となる友人や家族のために使うお金もまた、「生き金」と言えるでしょう。

       

      いっぽう、絶対に使ってはいけないのは、「分不相応」なお金です。

       

      皇太子徳仁殿下が雅子妃と結婚される前に、理想の相手を聞かれて「ティファニーでしょっちゅう買い物をするような方では困る」とおっしゃっていましたが、将来天皇になる方でも、いえ、だからこそ、このようにしっかりと「分相応」ということをわきまえていらっしゃいます。

       

      ましてや、私たちのような庶民が、一番自分自身への投資のためにお金を使わなくてはいけない時期に、分不相応な服やら時計やら車やらに無駄なお金を費やしていたら、決して将来につながるお金と時間の使い方は身につかないでしょう。

       

      本当にそのような高級品が「分相応」となり、身につけても恥ずかしくなくなるのは、多くの場合、50代以上。

       

      ニューヨークやミラノなどでみかける紳士やマダムが、若い頃の質素な生活や苦労を乗り越えた気品と年輪を感じさせる表情で、いかにも高級そうな服やアクセサリーなどを身につけているのを見ると、こういう人たちのために高級品が存在するのだ、ということがよくわかります。

       

      それを若い人たちが表面だけ真似しようとすると、ちぐはぐな印象になり、大枚をはたいて残念な結果になるだけとなるのです。

       

      ■人生は長い。でも歳をとるのも早い。

      スタバもコンビニも、使い方さえ間違えなければ、これほど便利で快適なものはありません。

       

      しかし、使い方次第で、浪費になるのか、自分の将来にとって非常に有益な武器になるのかが変わってくるのです。

       

      人生は長い。

       

      けれど、ぼんやりしているとたちまち歳だけとってしまうというのもまた事実。

       

      新入社員への教訓を自分への教訓として一考してみるのもよいかもしれません。

      | 後藤百合子 | 家計管理 | 18:46 | - | - |
      「相対的貧困」から抜け出るために必要な「マネーリテラシー」教育
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        JUGEMテーマ:幸せなお金と時間の使い方

         

         

        先月17日にNHKスペシャルで「見えない‘貧困’〜未来を奪われる子どもたち」という番組が放送され、大きな反響を呼んだようです。

         

        ブログやSNSなどでこの番組について書かれているものを読むと、「子どもの6人に1人が貧困」とされ深刻な状況をリポートした内容ですが、一方でこの番組を視聴した方の中には報道された「貧困」の内容にとまどいを感じた方が少なくないようです。

         

        ■スマホやテレビがあるのに貧困なの?
        この番組の内容をまとめられている「オオカミのとおぼえブログ」さんによると、番組の中で「剥奪指標」という、一般の家庭にはあるけれど貧困状態の子供にはないもの、「奪われているもの」が紹介されたそうです。それによると、貧困家庭にないものは下記のような項目です。

         

        医療機関を受診できない
        新しい服や靴を買えない
        本がない(教科書やマンガは除く)
        運動用具がない
        学校から帰っても親がいない
        家族旅行ができなかった
        誕生日を祝えない
        学校行事に参加できない

         

        筆頭の「医療機関が受診できない」は、現在多くの地方自治体で子供の医療費への助成が行われており、これに関しては貧困の問題というより行政の問題でしょう。

         

        また、「学校から帰っても親がいない」は貧困でない共働き家庭も同じですし、「誕生日を祝えない」はお金の問題というよりは愛情の問題ですから、原因を貧困に帰するには「?」がついてしまいます。

         

        さらにひっかかったのは「一方、スマートフォンやゲーム機器、TVといったコミュニケーションツールを持つ割合は一般的な生活水準家庭とかわりはありませんでした。特にスマートフォンに関しては、子どもの安全確認のためにと貧困家庭の方が持っている割合は高いことがわかりました。」(「オオカミのとおぼえブログ」より)という箇所で、昨今のスマホの使われ方を見ると、安全より逆に危険のほうが多いのではないかと案じてしまいます。

         

        これを見てもやはり、昨年、やはりさまざまな議論を呼んだNHKの番組中で「貧困女子高生」がパソコンを買えないと嘆くいっぽう、高価なコンサートのチケット購入という非常にバランスの悪いお金の使い方をしていたのと同様の違和感を覚えます。

         

        ■「絶対的貧困」と「相対的貧困」
        上記のような家庭の貧困は「相対的貧困」と呼ばれます。全世帯の可処分所得を1人当たりに換算し、所得を低い順から並べた際、中央値の半分に満たない人が区分けされます。中央値の半分以下ですから、決してこの貧困がなくなることはありませんが、問題はこのような貧困に陥る世帯数が他のOECD諸国平均に比べて多いということです。

         

        いっぽう、「絶対的貧困」のほうはもっと話が簡単です。定義は1日あたりの可処分所得がUS1.9ドル以下ということですので、現在の日本においてはまず当てはまる世帯はないでしょう。

         

        相対的貧困に話を戻します。この資料によると、OECD36ヵ国中、相対的貧困にあたる人々の平均が11.3%しかないのに比して、日本は16.0%もあります。アメリカは17.4%と日本より少し高いですが、欧州諸国のイタリア13.0%、イギリス9.9%、ドイツ8.8%などに比べて日本の相対的貧困率かなり高いと言えるでしょう。(最も相対的貧困率が高いのはイスラエルの20.9%ですが、原始共産制のようなキブツで暮らしている人々も一定数いますので単純な比較はできません。また、この比率は計算方法によってもだいぶ変わりますので、一概に一つの数字のみで議論するのも危険だと思います)

         

        厚生労働者の国民生活基礎調査(2012年)では、所得150万円を下回る世帯数が全体の12.8%となります。内訳を見てみると、最も多いのは高齢者の単身世帯(65歳以上単身5.1%)及び2人以上世帯(65歳以上2人以上2%)で、次に65歳未満の2人以上世帯が続きます(2.6%)。相対的貧困の基準となる可処分所得は122万円ですので、所得150万円というのは相対的貧困とほぼ重なってくると言っていいでしょう。

         

        しかし、これはあくまでも世帯の収入ですので、就労できない子供がいればその分、1人あたりの可処分所得が減り、相対的貧困に分類される可能性が高まります。そのため、日本ではひとり親世帯の過半数にあたる50.8%が相対的貧困世帯に分類されます。

         

        子供のいる大人2人以上世帯の相対的貧困率が12.7%しかないことを考えると、ひとり親世帯が日本の相対的貧困率を相当な割合で上昇させているといっても過言ではないと思います。

         

        ■手当があっても相対的貧困に陥るひとり親世帯
        では、相対的貧困に陥っているひとり親世帯とは、どのような世帯でしょうか?

         

        厚生労働省の全国母子世帯等調査(2011年度)によると、一人親世帯のうち、母子家庭のケースでは、母親の平均年収は181万円で、児童手当などを含めた平均世帯収入は223万円。一方、父子世帯は、父親の平均年収が360万円、児童手当などを含めた平均世帯収入は380万円だった。シングルマザーのうち、半数以上がパートやアルバイトで生計を立て、その平均就労収入が125万円にとどまる状況からすると、母子家庭の厳しい状況が浮かび上がる。 zoo onlineより

         

        相対的貧困に陥っているひとり親世帯の大半が母子家庭であることがわかりますが、同時に、平均年収に比べ平均世帯収入が50万円以上も多いのを見ると、数々の行政的補助が実際に支給されているのもわかります。

         

        しかし、それでもこの収入では単純に半分にしたら相対的貧困に区分けされます。実際、前述の女子高校生のように進学したいのに進学費用が捻出できない、など教育上の悩みを抱える母子家庭は多いでしょうし、NHK番組中では「この貧困を放置すると進学率の減少→非正規雇用の増加→収入の減少に繋がり、その社会的な損失は42.9兆円にもなる」(オオカミのとおぼえブログ)とも語られていたようです。

         

        ■相対的貧困母子家庭のお金の使い方に疑問
        私も個人的に、このような「相対的貧困」に分類される母子家庭をいくつか知っています。

         

        幸いなことに、母親が頑張って真面目に働きつつ子育てもしっかりしている家庭がほとんどで、子どもたちもお母さんを助けて家事など分担するなど、両親が揃っている家庭よりも「いい子ども」たちであることが往々にして多いような気がします。

         

        しかし、全般的に気になるのが、お金の使い方のアンバランスさです。

         

        例えば、数年前のある日、ある母子家庭のお母さんが夜半に我が家にやってきました。彼女は夫の暴力に耐えかねて家を出て、実家に身を寄せていましたが実の母親とささいな事で口論を繰り返し、とうとう小学生の2人の子供を連れて夜中に家出をして我が家にやってきたのです。

         

        幸い、我が家には広めの一部屋がありましたので、そこに3人寝てもらったのですが、到着した晩はもちろん、3日ほどの滞在中も両手に抱えきれないほどのコンビニの弁当やらパンやらお菓子やらを買いこんできて、食べきれずに少なからぬ量を捨てていました。

         

        また、私が経営していた会社の社員だったある母子家庭のお母さんは、子供とアパート住まいだったため生活費に加えて家賃も払う必要があり、子どもを保育園に預けて残業も進んでこなすなど頑張って働いていました。仕事熱心で生活態度もまったく問題ないのですが、「お金がない」と常にぼやいているわりには、着るものや美容などにそれなりにお金をかけているのが同じ女性として見てとれます。同僚からも「そんなにお金がないんだったら、つけまつ毛買うのやめたら?」と冗談で言われたりしていました。

         

        お金がないのに高いコンサートのチケットを買ってしまったり、だらだらと不要な雑貨などに散財してしまったりするのと同じく、私が知る相対的貧困世帯に区分けされるであろう母子家庭のお母さんたちも、あまり脈絡のないお金の使い方をする人がほとんどでした。このような現象は、NHK番組中でも指摘された「スマホやゲームなどはある」「本はないがマンガはある」などの指摘と同根ないでしょうか。

         

        また、母がそういうお金の使い方をすれば、子どももそうなりますし、ひとり親世帯では、もう一人の親という、大人の目で客観的に指摘できる人もいません、実家の親などが注意すると離婚に加えてさらに親との確執の種が増えてしまう可能性もあります。

         

        高齢者の相対的貧困世帯では、自分の力で収入を得ることができないのであればぎりぎりまで生活費を切り詰めるという意識も自然と沸くでしょうが、若年のひとり親世帯においては、自分でそこそこのお金を自分で稼ぐことができ、また、仕事や家事で使える時間が少ないことも重なって、お金の使い方がどうもルーズになってしまう傾向にあるような気がするのです。

         

        ■相対的貧困家庭へのマネーリテラシー教育を
        ひとり親家庭でお金の使い方が下手な傾向があるのは、日本の文化風土の中でお金の話をすることがタブー視され忌避されてきた結果でもあると思います。

         

        華人文化圏に住んでいると、「それはどこで買った?いくらだった?」などという話はあいさつ代わりに交わされますし、「いいものを安く買った」とか「これだけ節約した」というのは女性にとっての一番の自慢話で、子供たちも赤ん坊の頃からそういう話を聞いて育ちます。ですから、お金の使い方については非常にしっかりしていて、欲しいものがあれば、お小遣いの中から少しずつお金を貯めて買うという習慣も自然に根付いていきます。

         

        私は商売をしている一族の中で育ったので感覚的に近く、別段違和感はありませんでしたが、日本人の中にはお金の話をするのが苦手でできるだけ避けたいと感じる人も少なくありません。しかし、このようなメンタリティこそ、「マネーリタラシー=賢いお金の使い方」を学ぶ機会を疎外し、お金の稼ぎ方は覚えても、お金の使い方に無知なまま成人してしまう人が多い原因になっている気がしてなりません。

         

        お金をどんどん稼いでどんどん使えるうちはよいですが、いったん貧困に囚われてしまったときに、効果的なお金の使い方を知らないのは致命的ですし、行政的な補助を受けているのであれば税金の適切な使い方にも疑問が投げかけられます。また、NHKで紹介された女子高生のように、自分では一生懸命頑張って生きているつもりでも、世間からバッシングされてしまうという悲劇が起こる可能性もあるのです。

         

        それを未然に防止するには、現在、生活保護や各種補助を受けている世帯に対し、ファイナンシャルプランナーなどお金の専門家の派遣や、お金に詳しいソーシャルワーカーによる教育や家計チェックなど、支給された税金が正しく使われているかどうかを測定し、必要があれば適切な指導を行い、各世帯のマネーリテラシーを高める教育が施すことが一番ではないかと思います。

         

        若年から高齢者まで、貧困が話題になる今だからこそ、日常のお金の使い方について、社会全体でマネーリテラシーをボトムアップしていく必要があると感じてなりません。

        | 後藤百合子 | 家計管理 | 20:07 | - | - |
        クオリティ・オブ・ライフを高める料理スキル習得のススメ
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          この週末、自分のクックパッドページを更新していたところ、これまでに掲載したレシピが400になり、統計データが表示されました。

           

          それによると、合計閲覧数は170万回超、平均閲覧数は1レシピあたり4,250回超。自分自身のレシピ備忘録として5年ほど書き続けてきましたが、本来の目的が自分用なので、他のみなさんのように写真入りで作り方を懇切丁寧に書いてあるわけでもなく、材料の量もけっこう適当(笑)です。にもかかかわらず、私のような素人のレシピをこれだけの方が読んでくださった方がいると思うと、ありがたいと思う反面、かなり驚きました。

          改めてインターネットの威力の大きさを感じると共に、これからの生活における料理スキルの重要性を再認識した次第です。

           

          ■倹約志向、引きこもり生活にマッチする自宅料理とクックパッド利用6千万人

          国交省の調査によると、近年の傾向として外出する人が減り、2015年の調査では外出率が平日80.9%、休日59.9%と1987年以来最低の水準になったそうです。 

           

          この記事中では、高齢者が増えたことと若年層の外出率が低下したことが主たる原因だと分析されており、特に、若者は高齢者よりも移動回数が下がって「元気でアクティブな高齢者」と「自宅でじっとして動き回らない若者」とのコントラストがくっきりと示されています。

           

          「若者が車を欲しがらない」「若者が家にひきこもってばかりいる」「若者が消費に興味を示さない」というような調査や論評がここ数年、メディアを賑わしていますが、上記の調査も自宅で自足する若者像を補強するものでしょう。

           

          しかし、給料やボーナスも多ければ物価も高く、高級車でドライブ、高級レストランやホテルで食事や宿泊、身につけるのは高級ブランドと、際限ない欲望消費に踊らされたバブル時代を20代に経験した身からすると、現在の若年層の方々は、給料もボーナスもそこそこかもしれませんが、堅実に、必要なものだけを取捨選択し、地に足のついた生活を送っているようにみえます。

           

          そして、そのような「ひきこもり」生活の中で、クックパッド月間利用者数が6千万人を超え、日本人の2人に1人はクックパッド利用者=料理に興味がある人、となっている状況をみると、料理スキル向上がこれからの私たちの生活の質そのものの向上に不可欠になってきているのではないかと思われるのです。

           

          ■これだけある料理のメリット  

          こちらはクックパッド蠅旅告資料による利用者の内訳ですが、20代から50代までほぼすべての年代で均等に利用者がおり、未婚率は約30%。家庭の主婦だけでなく独身の方も利用していることがわかります。男性も6%と数は少ないながらも一定数います。

           

          私自身も大学入学時から自炊を始め、料理歴は35年になりますが、当時クックパッドのようなサービスがあれば間違いなく利用していたと思います(現在は利用といっても書くほうが主ですが)。またその間、結婚している期間はもちろん、一人暮らしのときも料理を作らない時期はありませんでした。

           

          私が料理をする最大の理由は、自分が食べたいものを作って、食べたいときに自分が好きなように食べたいからですが、それ以外にも料理するメリットを数えあげたらきりがありません。 例えば、外食ですと材料に何が使われているかわかりませんが、自分で料理をすれば原産国まで含めてすべてわかります。また、ダイエット中でもただ食べる量を減らすのではなく、美味しくて低カロリーや低糖質の食事ができます。そして何より自分で作れば非常に安価に贅沢な食事ができるのです。

           

          ■外食と自宅料理ではこれだけのコスト差に

          我が家では月2,3回の外食を除き、朝食と夕食はベーコンやピクルスなど保存食も含めて料理はほぼ自家製ですが、1か月の食費はビールやワインなどのアルコールを入れてもせいぜい5万円程度です。(シンガポールは野菜や肉など生鮮食料品は日本より安いですが、アルコールは非常に税金が高く、調味料など輸入が大半でコスト高になるため、平均するとほとんど日本と食品価格と変わりません)

           

          これをすべて2人分の外食に換算すると、朝食で700円程度、夕食で2,500円程度となり、1か月続けると9万円を超えてほぼ倍の金額になります。シンガポール女性は料理をまったくしない人も多く、食べ盛りの子供が2人いればこれがさらに倍になりますから、メイドさんを雇って料理を作ってもらったほうが安上がりという計算にもうなずけます。

           

          いっぽう、日本ではスーパーのお惣菜やコンビニの弁当など、外食に比べて安くてバリエーションも豊富な中食が充実していますが、毎日すべて中食に頼るコストを考えるとやはり自宅料理に勝るものはないといえると思います。

           

          ■キャリアを積めば積むほど料理好きに。

          もう一つ料理の大きなメリットを挙げるとしたら、ストレス解消、リフレッシュ効果です。

           

          私の友人には40代、50代のいわゆる「バリキャリ」女性が少なくないのですが、彼女たちの多くは料理の達人です。先月、そんな友人たちの中でも、本業の調査・研究の他に、大学で教鞭をとったりTV出演したりと最も忙しく活躍している友人に会って「休日は何をしてるの?」と聞いたところ、「たまに休めたら朝から晩まで料理をしている」と話していました。

           

          目が回るようなスケジュールをこなしている彼女にとって、料理は無心になってくつろげる大切な時間なのだと思います(その日、彼女が作ったシュトーレンをおみやげにもらいましたが、これまで食べた中で最高の味でした)。

           

          古くは桐島洋子さんの「聡明な女は料理がうまい」から、新しいところでは角田光代さんの「今日もごちそうさまでした」まで、ベストセラー作家の書いた料理本も多いのも、神経を極端に集中してする仕事だけに、息抜きの料理の腕も上がっていくのが納得できます。 そんな作家の方の書いた本で一番私が好きなのは、こちら。

           

          枝元さんはプロの料理研究家ですが、伊藤さんの本業は詩人。 2人のおばさんが、鋭い人生の洞察と笑いすぎてお腹が痛くなるようなユーモアを交えながら交換するレシピは、これもみな作っていたいものばかり。

           

          私よりちょっと年上の二人のように、好きな料理を作りながら年齢を重ねたいな、と素直に思わせてくれる良書です。

          | 後藤百合子 | 家計管理 | 15:16 | - | - |
          お金にとらわれずに老後を自由に生きる暮らし方
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            JUGEMテーマ:幸せなお金と時間の使い方

            ■お金は自分が成し遂げたいことをするための手段

            漫画家三田紀房さんの公式サイトで、フォーブスジャパン編集長兼CEOの高野真さんの「人生を変える『お金』の話をしよう!」という記事を読みました。

             

            高野さんはずっと金融業界でキャリアを積み重ねてきた方ですが、投資会社のトップとして大きな業績を残した後、業界から引退され、現在はフォーブスジャパンを立ち上げて軌道に乗せつつ、ベンチャーキャピタルに資本参加して新しい企業育成にも取り組んでいるそうです。

             

            この記事の中で高野さんは、「『何のためにお金を稼ぐか』が大切なのであって、お金もうけはプロセスでしかない。人生をかけて稼いだお金を何に使うかに、その人の人柄が明瞭に出る。」と書いています。高野さんは、これからの未来を作っていくベンチャー企業に数千万円、数億円というお金を投資していると言っていますが、これは、つい先日英アーム社を3兆3千万円で買ったソフトバンクの孫さんと同じ考え方ではないかと思います。高野さんにしても、孫さんにしても、自分のもてる能力を十二分に使い、全力を尽くして稼いできたお金を自分の贅沢や楽しみのために使うのではなく、将来の社会のために自ら働きながら使っていくという考え方に深く共感します。

             

            ■お金がある、ない、は主観の問題。外から見てもわからない

            このような感想を人に話すとよく返されるのが、「それはお金をもっている人の言うことで、あなたのような裕福な家に生まれた人には一生懸命働いて毎月の生活費を稼ぐのに追われるサラリーマンの苦労はわからない」という反論です。

             

            確かに私は社長の娘として生まれました。ただ残念ながら、兄弟が多かったこともあり、教育にこそお金をかけてもらいましたが、好きなものを好きなだけ買ってもらえるような贅沢をさせてもらった記憶はまったくありません。私が子供の頃の母の口癖は「お金がない」で、「うちはよそより大きな家に住んでいるのに、なぜそんなにお金がないんだろう?」といつも不思議に思っていました。

             

            今考えると母の「お金がない」は当然といえば当然で、大きい家にはそれなりの維持費がかかりますし、子供が多いのに中学から私立で大学まで進学させ、習い事もいろいろとさせていればやはりかなりのお金がかかります。さらに田舎の本家でしたので、親戚やお寺、その他の交際費にもけっこうな出費があったはずです。外から見れば「お金持ち」の家でも、内実は自転車操業状態だったのでしょう。

             

            こんな環境でしたので、お小遣いを数百円アップしてもらうときでも必ずお小遣い帳を父に見せて無駄遣いしていないかチェックされましたし、お小遣いを超えてほしいものがあれば自分で働いて買うように言われ、高校時代からアルバイトをしていました。大学時代、帰省するときには新幹線を使う友人が多かったのですが、「学生で時間はあるのだから新幹線を使う必要はない」と言われ、いつも高速バスを利用していました。

             

            そのため私は、小学校のときから「将来は絶対働いて稼ぎ、自分の好きなものを好きなだけ買えるようになりたい」と思っていました。いま振り返ると、このような親のお金に関する教育が、社会に出て職業人となったときに非常に役に立ったと思います。

             

            ■人との比較ではなく自分の物差しで価値を測って生活する

            ファイナンシャルプランナーの方がお金を貯める秘訣としてよく説くのが「徒に生活レベルを上げない」ということです。

             

            確かに一等地の高級マンションに住んで、専業主婦の妻が高級スーパーやブティックで買い物をし、子供を小学校から私立の学校に通わせたりしていたら、年収1千万円超のエリートサラリーマンの家庭でもお金は貯まらないどころか、一歩間違えばすぐに赤字転落し、私の実家のように常に「お金がない」地獄に陥ってしまうでしょう。反対に、以前勤めていた会社の同僚に、ぼろぼろの木造アパートに住んで家賃を節約し、食うものも食わずで高級ブランドバッグや服に給料を注ぎこんでいた女性がいましたが、これもバランスを欠いた生活のような気がします。一点豪華主義といえば聞こえはいいですが、あまりにも虚実の差が激しすぎると思うのです。

             

            自分の好きなことに自分が稼いだお金を使うのは当然の権利ではありますが、人との比較で、「あんな暮らしをしたい」「あんな物が欲しい」と欲望ばかりが肥大して、そのためにお金に執着するのは精神衛生上も決してよくないのではないでしょうか。常に「ワンランク上」の生活を見たらきりがないですし、物に対する欲望は満たそうと思えば思うほど満たされなくなるからです。

             

            そのようにずっと思ってきましたので、私の日常生活はいたって質素です。人と会う以外の外食はほとんどせず、コンビニ弁当も買いません。出勤するときはランチミーティング等がない限り必ず弁当を作って持っていきますし、水筒をいつも持っているのでペットボトル飲料も買いません。スーパーでは同じものがあれば必ずタイムセールの特売品を買い、洋服もセールで買ったものばかりで高級ブランド品はもっていません。家族で外出するときは、ショッピングセンターやテーマパークやレストランなどには滅多に行かず、近所の公園を散歩し、家に帰ってから料理をして食卓を囲むのがたいていの休日の過ごし方です。

             

            その理由を挙げると、外食よりも自分の体調に合わせて作った食事のほうが口に合いますし、ペットボトルの余計なごみを出さずにすみ、当日中に料理するのであれば朝定価で買っても夜割引のものを買っても同じことですし、洋服は翌年にはどうせシーズン落ちになり、高級ブランド品のコストの大半は広告宣伝費だと知っているからです。また、夫も私も、人混みの中で楽しむより自宅でゆっくりくつろぐほうがリラックスできるのです。

             

            「社長のくせにケチケチしてみっともない」と言われるかもしれませんが、自分ではそのほうが合理的で気分がよいと感じるので思った通りにします。そうすると、それほど無理をしなくても自然にお金はたまっていくのです。

             

            京セラの稲盛名誉顧問が「利益を上げるには、売り上げを最大に、コストを最小に」という意味のことをおっしゃっていますが、個人でいえば「年収を上げる」のと「生活コストを下げる」をバランスよく行うことこそ、お金を貯められる生活といえると思います。

             

            ■お金を貯める目的だけのために無理をしない

            いっぽうで、お金を貯めるという目的のためにすべてを犠牲にすると、それはそれで精神的にきつくなってしまいます。そこでどうしてもという部分は無理をせず、ストレスを溜めないようにもしています。

             

            我が家では週2回、掃除と洗濯を近所の女性に頼んでいるのですが、以前は、私が掃除を、夫が洗濯とアイロン掛けを担当していました。2人とも仕事が忙しいときには土日休めるわけでもなく、交代で休んで残りの1日を家事に充てると自分の時間がまったくなくなり、だんだんストレスが溜まっていって夫婦喧嘩のタネになります。そこでこの部分をアウトソーシングすることにしました。月数万円の出費にはなりますが、1回あたりの出費はファミレスで家族で外食するのと同じくらいの金額ですから、それで貴重な週末をのんびり過ごせ、夫婦円満に暮らせるのでしたら十分もとは取れていると思います。

             

            私は読書が好きなので本に出費は惜しみませんし、夫はIT関連の仕事のため必要なコンピュータやモバイルデバイスなどにもそれなりにお金を使っています。また、部下や若い友人と食事をするときなどは、必ずご馳走するようにしています。しかし、普段からつつましく生活していますので、多少の贅沢をするときでも、自然と分をわきまえた出費になっている気がします。

             

            ただ、これも夫婦共働きの前提があってこその話ではありますが・・・。

             

            ■お金に囚われず、無理をせず働いて老後の自由を手に入れる

            冒頭の高野さんや孫さんのように、莫大な金額を夢や理想のために使えるほどの大金を稼いできたわけではありませんが、そろそろ老後の生活が気になる年齢になり家計をチェックすると、このまま2人とも自分たちのペースで働き続けることができれば、将来を心配しなくてもいい程度の貯蓄ができていました。

             

            以前の記事にも書きましたが、子供は勉強が好きで国立大学に入れるようならば進学すればいいですし、そうでなければ職業訓練校に行ってくれればいいと思っていますので、積み立ててある学資保険金を超えて教育費がかかる心配もありません。これは、夫と2人で延べ60年近く働き続け、少しずつ投資もしてきた結果だと思い満足しています。

             

            また、万が一、戦争や世界大恐慌のような事件が起こり、こつこつ貯めた資産がすべてなくなってしまったとしても、夫と私が健康でそれなりに働いていれば、これまでと同程度の生活を維持していくのはさほど難しくないと思っています。逆にもし生きているうちに使い切れずにお金が残りそうであれば、支援を必要としている人々をサポートする団体に寄付したいと、夫と話しています。

             

            昨今、「下流老人」や「老後貧乏」など、老後の生活への不安を煽るような論調ばかりが目立ちますが、このような記事を読むたびに思うのは、皆、あまりにもお金に囚われすぎているのではないかということです。平均寿命が延びたのですから、元気なうちはできる範囲で働いてその中で生活していけばいいですし、もしも健康を害して食べるものにも窮するようになるのであれば、迷わず生活保護を申請すればいいと思います。そのために何十年も働いて税金を払ってきたのですから、当然の権利ではないでしょうか。

             

            老後の生活をどうしよう、とお金のことばかり考えていろいろと案ずるより、これから先、どのように生きがいを感じながら健康に、無理のないペースで働いて人生を全うしていこうか、と考えることのほうが、よほど精神的に健全ですし、自由を感じられるのではないかと私は思います。

             

            安倍政権が標榜する「一億総活躍社会」政策でもまた、ただ定年延長のみをして「国にお金がないのだから、とにかく死ぬまで働きなさい」ではなく、一人ひとりの生活や個性(健康状態や家計状況も含みます)を尊重しつつ、セーフネットもきちんと整備しながら、最期まで国が国民の生活をサポートする仕組みを作っていってほしいと、心から願っています。

            | 後藤百合子 | 家計管理 | 07:21 | - | - |
            高額商品になってしまった「大学」をもう一度考え直したい。
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              ■上がる大学学費と膨らむ奨学金の返済

              40代後半から50代にかけての私と同世代の親たちが今一番悩んでいるのは、子供の大学進学問題です。 といっても、ひと世代前の私たちが受験した当時の親とは違い、子供たちをどう偏差値の高い大学へ入れるかというより、進学費用をどう工面するかのほうがよほど大きい問題です。

               

              この文科省の資料によると、私が大学に入学した昭和57年(1982年)の国立大学の授業料は216,000円で、入学料は100,000円、私立大学は授業料406,261円、入学料212,650円でした。これが平成26年(2014年)になると国立授業料535,800円、入学料282,000円、私立授業料864,384円、入学料261,089円と、国立私立ともに授業料は2倍以上、私立の入学料はそれほど変わっていませんが、国立は3倍近くになっています。

               

              その間、所得はどうなったかというと、1982年の大卒男子の初任給は127,000円、2014年は205,000円と、約6割上がったにすぎません。

               

              仮に上記の授業料のまま4年間奨学金で学費を払い(利子計算はせずに)、初任給の給料(社会保険料や税金や生活費を勘案せず)で返済するとして計算すると、1982年国立の場合、合計964,000円で7.6ケ月で完済、私立でも1,837,694円で1年2ケ月程度で返済可能。しかし、2014年の場合ですと、国立2,425,200円でほぼ1年になり、私立となると3,718,625円で1年半以上かかる計算になるのです。

               

              借りた分だけでなく利子も含めて返さなければならないとなると、さらに返済は困難になってきます。もちろん、ぶじ大学を卒業して就職できたとしても、給与を全額返済に充てられるわけがありませんので、返済は最低でも数年、借りる額によっては10年以上と長期にわたる人も少なくないようです。社会人になったばかりで給料も低くかつかつの生活をしている中、奨学金返済の負担は相当に大きいといえるでしょう。

               

              この資料によると、1998年度の有利子奨学金受給者は11万人、それがピークの2013年度には102万人まで膨れ上がり、現在では、大学生の2人に1人が奨学金受給者だといいます。バブル崩壊以降の日本全体の所得の伸び悩みもあるでしょうが、それ以上に、授業料の高騰と、以前なら大学へ進学しなかった学力の学生も進学するようになったことが大きいでしょう。そして実際に奨学金を借りている大学生や利用予定の高校生の約8割が返済に不安を抱いていると言われます。少しでも多く子供の学費を工面したい親だけでなく、奨学金を借りざるをえなかった子供も、借金の返済に追われることになるのです。

               

              ■大学が少子化を乗り切るためには進学率と授業料を上げるしかない

              そもそも、これほど親に大学の学費負担が広がり、奨学金利用者が増えてきたのは、ひとえに大学進学者割合が増えたことにあるといえるでしょう。

               

              1982年を例に挙げれば、四年生大学進学率は男子こそ37.9%と4割近かったものの、女子ではたった12.2%。平均すると4人に1人しか大学に行きませんでした(女子は短大進学率が20.5%)。しかし2015年の文科省発表によると、大学・短大進学率は過去最高の54.6%(現役のみ)で、半数以上が四年生大学または短大に進学しています。

               

              いっぽうで、進学希望者の需要を満たすため増えすぎた大学も問題を抱えています。2018年をスタートに2031年までに18歳人口は33万人減少すると予測されており、そうなると現状の大学・短大が学生数を維持して生き残るためには、さらに進学率を高めるしかありません。通常のビジネスでいえば、マーケット自体が縮小するわけですから、シェア(大学進学率)を上げるか、1人あたりの単価(授業料)を上げるしかないという発想になるのです。

               

              そしてもう一つの手段が、海外からの留学生を増加させること。(独)日本学生支援機構の調査によると、平成27年度に大学に在籍している留学生は69,405人でピークの平成22年度に比べると4,000人ほど減らしていますが、いっぽうで日本語学校など大学準備段階の学生数はベトナム学生の増加などで右肩上がりに伸びており、今後も伸び続けるのではないかと予想されます。もちろん彼らの多くも、働きながら必死で学費を稼いで勉強する学生である点では日本人学生と変わりありません。

               

              ■クリントン夫妻をめぐる「政治と大学」の関係

              7月22日の英Financial Times紙に、「The for-profit partnership(利益を求めるパートナーシップ)」という記事が掲載されていました。

               

              この記事によると、クリントン夫妻は2010年以降、2,200万ドル(日本円で約22億5千万円)を教育産業から受け取っているそうです。ビル・クリントン氏は5年にわたりLaureate国際大学の名誉総長を務め、その報酬は165万ドル以上(約17,000万円)だったといいます(この額はハーヴァード大学学長年収を超えるそうです)。この大学はこれ以外にも、クリントン夫妻の政治団体に複数回にわたり多額の献金をしており、Gems Educationという別の教育企業も献金をしていま。また、2014年にはヒラリー・クリントン氏は、テキサスのAcademic Partnerships of Dallas とニューヨークのKnewtonという教育企業で講演し、2回で45万1千ドル(約4,600万円)という多額の報酬を得ています。

               

              ちなみに、Laureate国際大学はアメリカ、ヨーロッパ、アジア、アフリカなど25か国以上で合計85教育機関を運営しており、100万人以上の学生が学ぶ巨大教育機関で、営利企業が運営しています。この会社の前身は1988年に設立された専門学校でしたが、1991年に米実業家のベッカー氏が経営に携わるようになってから飛躍的に発展します。ベッカー氏は他にも様々な会社の取締役を務め、辣腕を奮ってきた経営者であり、彼の教育機関もまた、利益を生みだす「商品」として考えられているのです。

               

              クリントン氏の名誉総長就任はその「商品」に付加価値を高めることにより、より多くの「消費者」(学生)を集めることが目的だったことは疑う余地がありません。そして、クリントン夫妻に支払われた巨額の報酬や献金の源泉は、もちろん、これらの企業が経営する大学で学ぶ学生たちの授業料です。

               

              アメリカと違い、日本では営利企業が大学を運営することは認められていませんが、経営という視点から現状を見たとき、やはり教育を「商品」としる姿勢の大学が増えつつあるのではないかという疑いは払しょくできません。

               

              ■「大卒でないと生涯賃金が低くなる」は半分ウソ

              以前、私の会社にいた社員に製品の生産日数を計算する方法を教えていたときのことです。説明しながら「ここは7x4だから、いくつになる?」と聞いたら、勢いよく「27!」という答えが返ってきて、二の句が継げないという経験をしたことがあります。彼女は地元ではそこそこ名門の短期大学出身でした。

               

              彼女に限らず、これまでに採用した大学新卒者たちの中にも、掛け算や簡単な分数など基本的な計算ができなかったり、一般的な日本語の語彙がわからない人は少なくありませんでした。「学費を一生懸命稼いで払ってくれた親に申し訳がたたないと思わないのか!?」といつも思ってしまいますが、これが厳しい現実です。

               

              もともと勉強が好きで研究者になりたかったり、専門分野を究めて、将来その分野で働く技術を身につけたいというなら別ですが、多くの学生は専攻した学問とはあまり、もしくはまったく関係ない企業に就職することがほとんどではないかと思います。であれば果たして、奨学金という大きな借金をしてまで大学進学する必要はあるのでしょうか?

               

              この資料は、学歴別の生涯賃金をまとめた調査結果です。単純に高卒と大卒を比較した場合、60歳まで働き続けた生涯賃金は高卒が2億円、大卒が2億6千万円(男性の場合)となっており、6千万円もの差があります。「大卒と高卒では給料が違うから、何とか大学まで出してあげたい」と願う親の気持の根拠がここにあります。しかし、それ以上に大きいのは実は事業規模の差で、1,000人以上の規模の企業で大卒の場合は3億1千万円となりますが、10人〜99人規模の企業では2億2千万円でその差はなんと9千万円、また、1,000以上企業の高卒の2億7千万円より5千万円も下がります。学歴よりも企業規模の差による生涯賃金格差のほうがずっと大きいというのが現実なのです。

               

              従業員1,000人以上の大企業に入社したいのであれば大学卒の学歴は必要かもしれませんが、私や仲間の社長たちの多くが経営している10人〜99人規模の社長たちの本音は、「大学なんか卒業していなくていいから、少なくとも基本的な読み書き・計算ができる人材を送り出してほしい」の一言に尽きます。

               

              ■シンガポールで始まった生涯教育の内容

              昨年からシンガポール政府が非常に力を入れている政策の一つに、「Learning for Life」という生涯教育政策があります。「生涯教育」というと日本ではついついカルチャースクール的な教室を想像しがちですが、ちょっと違い、その職業に必要な最新知識や技術を政府の補助を受けて会社員が学ぶ、という趣旨の政策です(社内でトレーニングを行う場合には政府が認証した上で雇用主に補助金が支払われます)。

               

              会計やIT技術などのコースはもちろんのこと、例えば「飲食業」というカテゴリーでは、まだ経験の浅い職人のためにパンや菓子のベーキングを勉強するコースがあったり、ホールスタッフ向けに接客の基礎を教えるコースがあったりする一方、スーパーバイザーやマネージャークラス向けに、購買と納品時のノウハウを教えたり、HACCP(食品の安全性を守るための国際規格)認証取得のためのコースまであり、多種多様です。

               

              この生涯学習の特徴は、熟練労働者を増やしたい層に特に手厚い補助をしていること。収入が少ない(月収14万円程度以下)35歳以下の若年層には最高95%の補助、また、収入に関係なく40歳以上では90%が補助され、多少のお小遣いが支給されるケースもあるようです。インセンティブを大きくし、若い非熟練労働者に基礎的技術を学ばせ、中高年層では時代に対応した新しい知識や技術を習得させてできるだけ長く働き続けられるようにしたい、という政府の意図がありありと読み取れます。

               

              大学だけにこだわらず、継続的に教育が受けられるシステムを

              シンガポールでは、国立大学への進学は狭き門で、需要の高まりに対応して最近新設された大学を含めても、3〜4人に1人程度しか大学に進学することができません(上記のLaurentを初め営利企業が運営する大学はありますが、そこでdegreeを取得して大卒の肩書はできても、社会的に国立大学と同等とはみなされませんし、オーストラリアなどへ留学する人もいますが非常に高額な費用がかかります)。

               

              いっぽう、ポリテクニックという国立の技術専門学校には、上記に紹介した飲食業のコースなど多彩なコースが用意されており、ここを卒業して就職していく人は多く、また、学力的にそこにも入学できない学生が行く、私立の職業専門学校でも政府の補助が非常に手厚く、年間10〜20万円程度の学費でそれぞれの分野の資格を取るコースに進学することができます。

               

              大学4年間(シンガポールでは3年が多いですが)にまとめて一生分の教育投資をするより、まず1〜2年で基礎を勉強してから実際に社会に出て働きはじめ、生涯を通じて継続的に教育機会を得ながら、自分のレベルに合わせて着実にスキルアップしていく、という教育に対する考え方がここにはあります。

               

              翻って日本では、40代後半から50代の親の世代でも、子供の塾などの教育費や大学進学の学費のために身を粉にして働きつつ、リストラや健康不安、ひいては老後の生活不安まで抱える状況が普通になってしまっています。このような閉塞感を打ち破るには、まず、大卒信仰を見直し、職業教育や生涯教育も含めた抜本的な教育システムの変更が迫られているのではないでしょうか。

              | 後藤百合子 | 家計管理 | 20:15 | - | - |
              キャッシュフロー重視は持家派、自己資本重視は賃借派。
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                ブロガー、イケダハヤトさんの昨日のブログ「35年ローン」とか意味不明すぎて笑えるwwwが、ご本人が「戦う」と宣言した通り話題になっています。高知に移住して情報発信を続けるイケダさんのブログ記事には、私が13年間の都会暮らしをやめて静岡にUターンして思ったことと多々共通するところがあるためいつも興味深く読んでいますが、今回は長期ローンを組んでの持家購入を徹底的に批判しているので、実際に住宅を買って住宅ローンを支払っていらっしゃるだろう方々からの多くの反論が寄せられているようです。

                ツィッターで反論されている方々のご意見を読むと、昨年大幅に減税額が上がった住宅ローン減税による10年間の減税メリットを強調されている方が多いようです。この制度について詳しく知らなかったためネットで調べてみたところ、国土交通省のHPに非常にわかりやすい説明が載っていました。このモデルケースですと、団体信用生命保険の掛け金を差し引いても、おおまかに10年間で250万円の節税ができるようですので、月々2万円超の節税になります。ボーナス込で1か月の手取り平均が48万円程度とすると、節税効果は5%となり、確かに大きい金額だと思います。

                気になったのは、このモデルケースで10年たっても最初に借りた4208万円のうち835万円しか返済しておらず、残高が3373万円もあること。35年ローンなので当然といえば当然なのですが、仮に35歳でローンを組んで返済を始めたとして10年経つ頃には45歳。子供の進学費用の貯蓄をそろそろ考えると同時に、自分の仕事の将来も見えてくる年齢です。11年目から繰り上げ返済を開始したとしても、さすがにこれだけの負債を抱えているとなると、精神的なプレッシャーは相当のものではないかと思います。夫婦2馬力で働いているならまだしも、このケースのように夫1人が収入源である場合はことさらでしょう。(実際、私の友人の中には、このくらいの年齢で親に援助してもらいかなりの金額を繰り上げ返済した、という人たちもいます)

                私自身は住宅ローンを組んだことはありませんが、30代半ばで経営者になり、当時会社が借り入れていた負債の保証人になりました。当初はそれほど悪くなかったのですが、その後急激に会社の業績が悪化する中、数億円の負債を死ぬ思いで返済しました。現在は会社も無借金となり、自己資本比率は90%以上をキープしていますが、当時味わった「いま会社が倒産したらこの借金を一生かかって返済しなければならない」という恐怖は忘れられません。ですので、これからも一生借金はしたくないと思っていますし、自分の家もずっと賃貸でこつこつ貯金し、40代後半になって初めてキャッシュで中古マンションを買いました。

                いっぽう、同じ経営者仲間には借入がとても好きな方々もいます。銀行には「専用当座貸越」という融資制度があるのですが、これは、最初に審査を通っていればいつでも好きなときに借り入れを起こすことができるもので、この枠をいくつももっている会社があります。また、これ以外にも「証書貸付」といいい、月々の返済は必要ですが、返済し終わると特に資金需要がなくてもまた継続して借り入れを起こす方も少なくありません。こういう経営者の方々が一様におっしゃるのは、「万が一何かあったときに銀行はすぐにお金を貸してくれない。だから多少の金利負担はあっても、日頃からキャッシュを潤沢にもっているほうが安心」という言葉です。いわゆる「キャッシュフロー重視経営」で、自己資金かそうでないかにかかわらず、手元にキャッシュが潤沢にあるほうがいいという考え方です。

                このような方からすると、私がとっている自己資本比率をひたすら高める経営方針は「投資金額に対してリターンが少なすぎるからNG」となります。実際、同じ利益率であれば、企業の収益率の指標であるROE(株主資本利益率)は借金が多ければ多いほど高くなります。これは投下した資本がどれだけ利益を生んでいるかを見るものですから、自己資本は小さく、借入が多くなればなるほど高くなるのです。借入が多い会社では、ROA(総資本利益率)の数字は低くてもROEの数字が大きくなります。逆に、我が社のような無借金経営を続けているとROAとROEの数字がほぼ同じになり、上場企業では「株主資本を有効に活用して利益を出していない」とマイナス評価されかねません。持家派が「節税効果があるにもかかわらず、もっている資本を資産となる持家に投資せず、収入を有効に使っていない」と賃借派を批判するのはこれと似ているように思います。

                このように、持家と賃借どちらがいいかは、キャッシュフロー重視か自己資本重視かと同じく、やはり個々の考え方の違いに尽きると思います。ただ一つ確実に言えるのは、持家の場合、あくまでも「投資」という考え方に基づき、イケダさんが指摘しているような想定外のことが起こったときに換金しやすい=売りやすい家を持つことを重視したほうがよいのではないかと思います。
                | 後藤百合子 | 家計管理 | 22:28 | - | - |
                高校教育に複式簿記選択科目制を!
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                  ■石原元都知事の最大の功績
                  石原元東京都知事が在任中に行った政策の中で意外と知られていないのが、一部では絶賛されている東京都会計への複式簿記の導入です。石原元都知事は一橋大学時代に公認会計士を目指していただけのことはあり、税金の無駄遣いをやめて東京都の財政を健全化するには複式簿記導入しかない、と長い準備期間をかけて単式簿記から複式簿記に変えたそうで、本人も「自分の一番いい仕事だった」とこの会計制度改革を評価しています。

                  複式簿記は営利団体である会社の会計に広く使用されている会計処理方法で、複式簿記を使って作成される決算書は会社の状態を非常に明確に表してくれますので、「経営者の成績表」とも言われます。

                  複式簿記の損益計算書(P/L)、貸借対照表(B/S)、キャッシュフロー計算書(C/F)の3表を使ってさまざまに導き出される数字を見れば、その会社が現在、どんな状況にあるのかが一目でわかり、また、時系列で数年分を見れば経営者がどのような経営をしてきたのかがよくわかります。なぜかというと、複式簿記にはごまかしがきかないからなのです。

                  「人類最大の発明の一つ」とも呼ばれる複式簿記はルネッサンス期のイタリアで広まったとされますが、当初の使用目的は使用人にお金をごまかされないためだった、という説もあるくらい完成度が高いシステムです。私自身も経営者になってすぐに日商簿記3級の講座に通いましたが、慣れないうちは表を作るのにたいへん苦労しました。少しでも間違えると数字が合わなくなってしまうのです。

                  ■複式簿記を使えばお金のことは何でもわかる
                  会計をごまかそうと思っても下手に操作すると必ずおかしいところが出てきますので、税務署が脱税の調査に入るときもまずこの財務諸表を細かく見てから、不審なところのある数字があるとその元となっている総勘定元帳や伝票などを当たり徹底的に調査しておかしいところを洗い出します。複式簿記システムというのはそのくらい厳正さを要求されるものなのです。逆に単式簿記では、金銭の出し入れやその結果としての財産目録だけの内容になってしまうので、多少ごまかされていても気がつかずやり過ごされてしまいます。

                  以前、横領事件が起きたある任意団体の会計報告を数年分まとめて見たことがありますが、多くの任意団体の例に漏れず単式簿記を採用しており、これでは横領が見抜けなくても仕方ないなと思いました(実際には監査人が銀行通帳さえ確認しない杜撰な監査しかしておらず、複式簿記でも見抜けるはずはなかったのですが・・・)。

                  香港やシンガポールには政府の中に汚職を摘発する専門の独立機関があります。同じ中華系の国民でありながら中国と違い香港やシンガポールに汚職が非常に少なく、クリーンなイメージが強いのはこの機関の働きによるところが大きいのは衆目の一致するところです。

                  私の友人にこの香港の廉政公署(ICAC)に勤務するキャリア女性がいるのですが、非常に控えめで無口な女性で、一見するととても敏腕捜査官には見えません。実際の彼女の仕事は映画のアクションスターのように銃をもって犯人と対決するのではなく、毎日オフィスに籠って膨大な数の書類の中から不審な数字をみつけだし、それを検証することです。彼女は会計のプロフェッショナルであり、汚職のような問題も複式簿記会計のシステムがあれば部屋から一歩も出なくても手に取るようにわかってしまうのです。

                  ■これからの生活に不可欠な複式簿記の知識
                  現在では日本でも国や自治体のほとんどが複式簿記を採用しているようです。私たちはタックスペイヤー(納税者)として国や自治体がどのようにお金を使っているのか、ムダはないのか、成果がどれだけ出ているのかを把握し、選挙やパブリックコメントなどで意見を表明していく責任があると思いますが、それには会計諸表を読めるスキルが必要不可欠です。

                  個人の生活では、経済が右肩上がりで年金資金も潤沢だった時代に家計を考える際には収支(損益計算書)だけを見ていればよかったのですが、前回も書いたように収入が定期的に見込まれる現役引退後、20年〜30年以上も生きてしまう可能性が高くなり、少子高齢化で年金も当てにならない時代に生きる私たちには、減価償却(もっている財産の価値が目減りしていくこと)も含めた資産と負債のバランスを知る貸借対照表の知識も必要になってきます。

                  さらにこれからの社会では年金を含めた公費による生活保障が大幅に削減されていくことが想定されますので、その時代を生き抜くためには若い頃から始める投資活動も必要になってくるでしょう。「オマハの賢人」と呼ばれて投資の神様と崇められるウォーレン・バフェットが言うように、投資でお金を貯めるために最も重要なのは時間です。できるだけ早くから投資をすればそれが最大の自衛手段になります。そして投資にも求められるのはやはり、投資する企業や国の財務状態を読み解くための知識なのです。

                  ■複式簿記を高校の選択科目に!
                  このように、これからの非常に不安定な時代を生き抜くためには会計諸表を読む力、つまり複式簿記の知識が必ず必要になってくると思われます。しかし、どういうわけか日本の学校教育ではほんの一部の商業学校を除いてほとんどこの複式簿記を教える学校はありません。

                  私は高校卒業以降、微積分やフレミングの法則を仕事やプライベートで一度も使ったことはありませんが、複式簿記の知識は毎日のように使っています。「この知識をもっと早く身につけていたら私の人生はずいぶん違ったものになっただろうな」と思うこともしばしばです。自分の子供にはできるだけ早いうちに学んでほしいと思います。

                  簿記3級程度の複式簿記は高校の授業で15〜20時間ほどあれば十分身につく知識ですし、それほど習得が難しいわけではありませんので、これからの高校教育には、ぜひ選択科目の中に入れてほしいと思います。
                  | 後藤百合子 | 家計管理 | 15:26 | - | - |
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