ASIAN NOMAD LIFE

日本、香港、中国で生活・仕事をしてきてシンガポール在住8年目。
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ブログというメディアで情報発信するということ
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    前回シンガポールの公団住宅政策について書いた記事について、シンガポール事情をご自身のブログで書いていらっしゃるブロガーの方から「事実誤認多数」とツィートでご批判を受けました。
     
    この方によると私のブログ記事の問題は、
    • 出典を明記しない
    • 一部事例や自分の身の回りの事象を一般化する
    2点だそうです。
     
    指摘されてこの方のブログを拝見しましたが、確かにほぼすべての文章に出典が付記されており、一般事例や自分の身の回りの事象のことにもほとんど触れられていませんでした。
     
    (ただ「シンガポールのスーパー明治屋は在住日本人の生活に欠かせず、日本人であれば必ず使う」というご本人の身の回りの事象とおぼしきものが記載されている記事がありました。シンガポール永住者の多数派であるとこの方が定義されているシンガポール人配偶者の私はシンガポール在住5年ですが、どうしても日本から持ち込めなかったパイプクリーナを買うための1回以外、ここで買い物をしたことはありませんし、同じ背景の日本人女性たちと食材の話をしても頻繁に明治屋に通っているという話はやはり聞いたことがありません)
     
    ■ブログというメディアはどこまで信頼できるのか?
    私は若い頃、広告出版業界で仕事をしていたことがあります。
     
    当時の広告業界ではコピーライターがまず原稿を作り、それをたたき台にディレクターとクライアントの2者がその文章を徹底的に検証する、という作業が一般的な仕事のやり方でした。「消費者がこの文章を読んでその商品を購入したくなるか」はもちろん、確実なデータの裏付けがない「一番」や「これまでにない」に類する曖昧な表現、消費者を不快にする文言はご法度で、徹底的にチェックされました。それでもときどき広告がバッシングを受け取りやめになる事件は起こることはご存じの通りです。
     
    出版社の場合、基本は編集者と二人三脚でした。編集歴数十年のプロの編集者の方が担当についてくださると「てにをは」や誤字脱字などの文章表現はもちろん、インタビューの書き起こし記事では根掘り葉掘り文脈を読み込まれ、取材時のテープを何回も聞き直したりすることは日常茶飯事でしたし、場合によっては図書館に一日籠って孫引きの文の出典を当たることもありました(当時はインターネットで何でも即座に調べられる環境でなかったので、この作業には実に時間をとられました)。また、担当編集者以外の編集責任者からダメ出しをされることもありましたし、雑誌の場合は、校正時に編集部全員で記事を回し読みして確認するのが通例でしたので、担当編集者からOKをもらっても気を抜けなかったことを覚えています。
     
    今回も一点だけ、「ベーシックインカム」という言葉を私が完全に誤認していた箇所があり、この方に指摘されて訂正しましたが、昔のように第三者が客観的な目で記事チェックをしていてくれたらこのミスはなかったな、と懐かしく思い出した次第です。第三者のチェックなしでそのままインターネットというメディアに乗ってしまう個人ブログというメディアには常にこのように正確性に対する不安要素が伴うということを、私も含めブログ読者は知っておくべきだと思います。もちろん、間違いをご指摘いただいた場合、感謝して訂正させていただいています。
     
    ■出典明記は常に必要か?
    私がこのブログを書き始めたときには、実は引用についてはほぼすべて出典を明記するかリンクを貼っていました。しかし、当時掲載していたサイトの方から「出典紹介が多すぎて読者の思考の流れが中断されてしまう」という指摘を受け、どうしても必要な重要な根拠になる出典以外は省くようになりました。
     
    適当な記事を書きたくありませんので、出典は必ずすべて確認していますし、時間の許す限り、統計データなどは原文の1次資料を当たるよう心がけています。ただ、やはり学術論文や公的資料ではありませんので、出典をすべて書くことは控えています。
     
    今回ご指摘があったアメリカ、香港、シンガポールのジニ係数のデータはこちらのブログを参考にさせていただきました。ブロガーの舞田さんは研究者だけあって非常に正確な情報を発信されている方なのでときどき使わせていただいています。しかし、この順位を「事実誤認」とされたブロガーの方はCIAの資料をお使いになっており、順位が違うと批判されていますが、この方が参考にされたとおぼしきWikipediaの資料をみても 各国の調査年度がばらばらで、為替やときどきの経済状況により大幅に値が変動しますので、厳密に順位づけをすることはあまり意味がないと考えられます。
     
    私がこの記事で言いたかったのは、シンガポールは格差社会として指摘されるアメリカや香港とほぼ並んでジニ係数が非常に高く貧富の差が大きい社会ですよ、ということですので、出典や調査年度を詳述する必要は特に感じていません。
     
    ■表現に完全な「正しい」はない
    この方のご指摘によると、「メンテナンスはすべてHDBがしてくれますので、補修の心配もありません」という文と、「隣国のマレーシアやインドネシアで時折発生する民族同士の対立がまったくなく」という表現は正確でないので「事実誤認」だそうです。
     
    まずHDBフラットのメンテナンスです。
     
    私の住むマンションはHDBではなくプライベートのため住民による管理委員会があります。我が家では夫が積極的に参加していますが、築10年程度なのに雨漏りがひどかったり、外壁の塗り替えがあったり、植木やプールの手入れをする会社や管理会社の評価や選定など雑事が非常に多く、本当に大変です。また、維持・修繕のための月々の積立金や管理費も馬鹿になりません(日本でも分譲マンションの住民は同様でしょう)。
     
    こういう金銭的、時間的、精神的負担がないHDBは住民に負担が少ない、という意味で書いた文でしたが、この方は「外部の補修はしなくてもよいが、室内の配管は自分でメンテナンスしなくてはならないので書くべき」というスタンスだそうです。わからなくもないですが、賃貸ではなく購入物件ですのでトイレの配管の詰りや、水道のパッキン交換、室内の壁の塗り替えもすべてHDB任せという風に理解される読者はまさかいないと思います。
     
    民族同士の対立については、表立ってはないが、仲間内などで多民族の悪口を言うこともあるのでゼロではない、というお考えだそうです。
     
    もちろん軽口で「○○人はこれだから嫌だ」という人も皆無ではありませんが、シンガポール人と話していているとこのような発言が非常に少ないことは事実です。
     
    また、「隣国のマレーシアやインドネシアで時折発生する」と書きましたが、1998年にジャカルタで中国人をターゲットにした暴動が起きたときは「中国人に間違われないために掌に日の丸を書いてよく見えるように手を振りながら道を歩いた」という話を友人のビジネスマンから冗談まじりに聞いたこともあるくらい、これらの地域では民族間の緊張が爆発的に高まることがあるのです。シンガポールでHDB政策が軌道にのってからこれに類する深刻な民族間対立が起こった、という事実はありませんし、シンガポール人に「国民の中に民族の対立ってあるの?」と聞いても即座に否定されることでしょう。
     
    このような問題をどこまで詳細に、どこまで「〜ということはあるけれど、一般的には〜」という表現をするかは、第三者から指摘されることでなく、ブログを執筆する本人に委ねられるべきであると私は考えます。
     
    ■公開資料だけでは見えてこない実情
    ここまでは私のミスであったり、互いの「見解の相違」であったりであると私は認識していますが、この方の批判でどうしても納得がいかなかったのが、以下のものです。
     
    HDB住宅に入居しようとするカップルは、複数の希望を書いて申し込みます。中古で空きとなっているものも含まれます」という私の文章に対し、「HDBフラットの中古は不動産市場で探すものであり、政府は名義変更には関わるが、申し込まれる対象ではない」と指摘されている点です。
     
    HDBフラットは建設中のHDBを申込み、完成を待って入居するのが一般的で、公開されているHDBHPにもそう書いてあります。ただ、HDBの中にも分譲されず政府所有で賃貸ししている物件があり、テナントがいなくなり空きが出ると中古でも販売することがあります。たまたま昨年、知人の若いカップルがこのような中古物件に入居したため「そういえばそんなこともあったな」と挿入したのがこの一文です。
     
    それをお応えすると、今度は「HDBフラットの中古はプライベートと同じくマーケットで流通しているものであり、このようなケースは『例外』と明記して書くべき」と再度批判されてこられたのです。
     
    そこでさらに記憶をたどってみたところ、知人で中古HDBフラットを中古マーケットからではなくHDBから購入した例を2件思い出しました。合計3件のうち2件は非常に入居を急いでいて建設中の物件を待てなかったケース、1件は「どうしてもここに住みたい」という本人の強い希望があり、かつ、単身者のため入居できる物件が限られていた、というケースです。このようなケースが稀有な例外とは思えないので、訂正はしていません。
     
    (この記事を書いている間にも、他にこんなケースを知らないか問い合わせをしていた友人から「自分の妹が以前は別の人が所有していたフラットをHDBから購入した。購入理由は安かったからでHDBには新築だけでなくいろいろな物件があるよ」というメッセージが入ってきました)
     
    ■人によって違うシンガポールの社会像
    シンガポールでの私の生活範囲には、ほとんどシンガポール人か永住者しかいません。明治屋には行きませんが、シンガポール人の家族・親戚に囲まれ、友人・知人や仕事相手と話していると、このようにインターネットで検索してもどこにも出てこないような情報が時折入ってきます。
     
    もちろん、話を聞く相手は徹底的な裏付けを取るジャーナリストではなく、市井の人々ですので間違いが絶対にないことはないでしょうが、私自身を含め、市井の人々が実際に体験している生の情報には、政府統計や大手メディアの情報とは別の重要な価値があると私は考えています。また、このブログでは、そのような他でなかなか入手できない情報を中心にご提供したい、と思っているのです。
     
    その情報を分析し、判断し、自分自身の論理を再構築される作業は読者の方に委ねられています。もちろん批判されるのもご自由です。
     
    ■社会や事象は切り口や立ち位置により風景が変わる。
    ある方がブログで、シンガポールの幼稚園では、両親の国籍が違う子供たちばかりで、本当にインターナショナル、という感想を書いていらっしゃいました。その方のお子さんが通う幼稚園は確かにそうなのだと思います。
     
    逆に私の子供が通う幼稚園は大部分がシンガポール人のカップルか、中国人のカップルの子弟。数人、白人系のお子さんもいらっしゃいますが、両親は同じ国籍の駐在員家庭が一般的です。少し郊外のHDB団地にいけば、シンガポール人子弟の割合はさらに高くなることでしょう
     
    同じシンガポールに暮らしていても、仕事や学校や親族・友人などの交友関係、また住環境によっても100人100様のシンガポール像があると思いますし、それぞれの印象もまた180度違うものであったとしても不思議ではありません。
     
    多様な背景をもち多様な環境に暮らす人々によって書かれるブログは、他人が自分と同じ社会や事象をみても、いろいろな見方、考え方をされるということを知る意味で、非常に有用なメディアです。前述したように第三者のチェックが入らなかったり、見解の相違により間違いや認識の食い違いが起こったり、「それは違う」と考えられる方もいらっしゃるかもしれませんが、そのようなフィードバックをまた、ネット上で受けられることもブログの利点だと思います。
     
    私が若い頃には情報というものは、時間とお金をかけて獲得するものでした。政府統計は霞が関の売店で買うものでしたし、同じ仕事をしていても情報量の差によって所得に大きな差が出ることも珍しくなかったのです。しかし現在ではインターネット上で多くの情報が無料で、ネットアクセス環境があれば誰でも簡単に入手できるようになっています。そしてまたブログも情報収集の有力な手段の一つなのです。
     
    このようなブログの利点を活かし、さらに情報格差が縮小する社会を目指すところに、私を含めいろいろな方が書かれているブログの存在価値があるのではないでしょうか。
     
    最後になりましたが、今回、批判をしていただいたブロガーの方からは私もいろいろな意味で勉強させていただきました。この場を借りてお礼を申し上げたいと思います。
     
    | 後藤百合子 | 情報 | 15:30 | - | - |
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