ASIAN NOMAD LIFE

日本、香港、中国で生活・仕事をしてきてシンガポール在住8年目。
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作家・佐藤愛子の霊界交流
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    JUGEMテーマ:スピリチュアル
    この連休中、久しぶりに佐藤愛子さんのエッセイをまとめて読みました。
     
    佐藤さんのエッセイはとにかく面白いので途中でなかなかやめられず、すぐに1冊読み終わってしまうのですが、3冊読んだ中でとくに印象深かったのがこちらです。
     

     
    この本では、佐藤さん自身の霊体験がいくつも紹介されています。さばさばきっぱり、極上のユーモアを交えながら世の中の出来事をすぱっと切る他のエッセイとはまったく違い、美輪明宏さんや江原啓介さん、私はまったく存じ上げませんでしたが、広く尊敬されている霊能者の方々などが登場して、佐藤さんといろいろな霊との交流をしていきます。
     
    そもそも、私はまったく霊や霊界というものを感じたことがなく、興味も感じません。それどころか、できれば一生、霊の世界とは関わりにはなりたくないと思っています。今回、このエッセイを読んでますますその思いを強くしました。
     

     人間は「霊体質」という体質の人と、そうでない体質の人に二分されるという。冥途のお客は何かしらそれなりのわけがあってこの世へきているのだが、いくらうろうろしていても霊体質でない人にはそれが見えない(感じない)。しかし霊体質の人にはすぐにそれが見えるから、幽霊さわぎが起こる。いくら「出た!」「出た!」と騒がれても霊体質でない人には何も見えないから、「あのひとはヘンな人よ」、「どうかしてる」、「また始まった」、などとバカにする。霊体質の人としては、いくらバカにされても、実際に「いた」のだから「見えた」のだから、どうしようもないという具合に循環し、「見える派」はだんだん何もいわなくなる。いうならば日陰者になったような心境になるのだ。

     
    この本を読み進めば進むほど、つくづく自分が霊体質でなくてよかったと思いました。
     
    岐阜の町営住宅で毎晩、合戦を繰り返す戦国時代の霊たち、佐藤さんの北海道の別荘でいろいろないたずらをする霊たち(江原啓介さんはこの件をきっかけにして佐藤さんと知り合い、佐藤さんの推薦でマスメディアにメジャーデビューしたようです)、狐霊にとりつかれて精神を病んでしまった女性教師、旅先で出会ったさまざまな地縛霊たち・・・・・。さまざまな霊との交流が描かれますが、この本のクライマックスは、江原さんの助けを借りて、佐藤さんが長年の友人、作家の故遠藤周作さんと交流する場面です。
     
    佐藤さんと遠藤さんは、どちらか先に亡くなったほうが死後の世界があるかどうか教えに来る、という約束をしていたそうですが、約束とおり、遠藤さんの死後7か月ほどしてから佐藤さんの書斎に現れ、ユーモアたっぷりに霊界はあり「だいたい君のいった通りだった」と告げるのです。さらに場面は変わり、遠藤周作さん、開高健さん、有吉佐和子さん、川上宗薫と4人の亡くなった作家たちの酒宴が始まります。
     

     聞いているうちに正直、羨ましくなってきた。この世では「死」は不吉、不幸、悲劇である。だが、あの世には不吉も不幸もないのだ。遠藤さんは、「すごくいいところへ来ている」といい、更に「ぼくの人格が高いからね」と言い足した。「人の役にも立ってきた。たくさんの寄付もしたしね」とどこまでも冗談めかしていうところが、生前の遠藤さんそのままだ。
     私が羨ましいと思ったその波長が届いたのか、遠藤さんは、
    「君はまだまだここへ来られないよ。資格がないからな」
     といい、開高、有吉両人も口々に、
    「ざまァみろ!」
     といっている。そう聞くとますます羨ましくなって早く死んで仲間入りをしたいと思う。
    (中略)
     開高さんはそのうち、気がついて、
    「でもなんで、佐藤愛子が我々の話を聞いているんだ? 佐藤は死んだのか?」
     と訊いた。すると遠藤さん曰く、
    「死んじゃいない、死んじゃいない。そういうことをする女なんだ。知らなかったのか、魔女なんだ」
     そしてつけ加えたという。
    「生きてても、ノゾキ見できるのだ」
     生きても死んでもどこまでもふざけた男だ。しかしふざけながら天国まで真直ぐに行けたということは、この世で病弱に苦しみつつ克服の努力をし、人の悲苦に人一倍の思いやりを持ち、愛に満ち、そうして死を受け容れる覚悟ができていたためだろう。私はそう確信する。

     
    狐に憑かれてしまうのはごめんですが、こんな交流があるのならば、霊の世界はぜひあってほしいと思うのは私だけではないと思います。そして佐藤さんもまた、「いやそんな意味づけよりも、何よりも私が得たものは死を恐れ悲しむ気持ちがなくなったことである。勇んで死を迎えようという気持ちになったことである。」と勇気づけられるのです。
     
    人間であれば死にたくない、死を恐れる気持ちは誰でももっています。しかし、人間は必ず死ぬ運命にあることも事実です。いつ死に直面してもそれまでの自分の人生に後悔するこことなく、「いろいろあったけど、よい人生だった」と周囲の人々に感謝してあちらの世界(というものが本当にあるのかどうか私にはやはりわかりませんが)に行けることこそ、人生最大の幸せではないかと思うのです。
     
    佐藤さんは自分自身の父、昭和初期に少年小説の大御所だった佐藤紅緑の霊ともたびたび交流していたようです。
     

     最後に父が現れたのは二年ばかり前になる。そのとき、父はこういった。
    「国の政治が大きく乱れることを告げに来た」
     と。そうして、
    「日本はおしまいだ。今に大変なことになるから、よく心得ておくように」
     といい、
    「今の日本は芸者みたいなものだ。政治不信どころか、政治がおかしくなっている。茶番だ。茶番だ」
     といったという。そして私に、
    「賢く生きるように知恵を使いなさい。言葉をもって語って行きなさい。間違った判断をしないように」
     そういって立ち去った。

     
    日本がおしまいかどうかは私にはわかりませんが、少子高齢化や社会保障、外交政策など、日本が抱えている深刻な問題が山積しているのは紛れもない事実です。その中で「知恵を使う、言葉を語る、間違った判断をしない」という紅緑さんの霊の言葉は胸に突き刺さりました。
     
    最後にもう一つご紹介。霊の世界から人間界をみた珍しい映画。
     
      
    ただのホラー映画とは違い、心理的な追い詰められ感が本当に怖いです。
    ニコール・キッドマンが美しすぎるのも恐怖をあおります。
    | 後藤百合子 | 書評 | 11:33 | - | - |
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