ASIAN NOMAD LIFE

日本、香港、中国で生活・仕事をしてきてシンガポール在住7年目。
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    100年企業のつくり方 -- 9敗1勝から99敗1勝へ
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      JUGEMテーマ:ビジネス
      ファーストリテイリングの柳井さんに「九敗一勝」という著書があります。この本の中で柳井さんは失敗してもその失敗から学び、挑戦し続けることによってヒット商品が生まれるようになるとおっしゃっていますが、実にその通りだと思います。

      私がユニクロの名前を初めて知ったのは1996年でした。当時、香港で仕事をしていたのでユニクロの製品が日本の消費者からどんな受け止め方をされていたのか詳しくは知らず、どちらかというと香港発の低価格カジュアルブランド「ジョルダーノ」の二番煎じのようなイメージが強かったと記憶しています。また、繊維業界の友人・知人たちからさまざまな噂は入ってきましたが、その多くは大成功している企業というより、低予算による生産段階でのクレームや納期遅れなど、どちらかというとネガティブな情報の割合のほうが多かったものです。

      しかしこの時期に続くフリースの大ヒットを踏み台に、柳井さん率いるファーストリテイリングはぐいぐいと力をつけてきて、ついには繊維業界の最重鎮企業ともいってもいい東レとがっぷり組んで日本のみならず、世界の繊維業界に影響を及ぼす常識破りの企業に成長していきました。いまや日本を代表する企業の一つといって誰も異論はないでしょう。

      しかし、ユニクロの創生期を知る業界人としては、やはり柳井さんの「九敗一勝」という言葉を額面通り受け取ります。それだけ負けた経験の上に、ここまでの成長が築かれてきた歴史を目の当たりにしてきたからです。

      翻って我が社の歴史を振り返っても、やはり一握りのヒット商品の裏には、死屍累々の廃番商品や開始後すぐにひっこめざるをえなかったサービスや製品もありました。その中には大クレームにまでなってしまったものもありましたし、事後処理で日本や海外までハンドキャリーしたことも一度や二度ではありません。

      いっぽう、これらの失敗の経験の上に、現在の我が社の屋台骨を支えてくれているヒット商品やサービスが築かれてきたことも事実です。逆説的に言えば、何度も失敗しない限り、成功する商品やサービスは決して生まれてこないのです。

      新商品の企画開発をするとき、私が自分にもスタッフにもよく言うことがあります。それは「10作って1そこそこ売れればいい、100作ってやっと1つ大ヒットが生まれる」という私の信念です。99であきらめてしまっては大ヒットは生まれてきません。たとえヒットに恵まれなくても根をあげずに作り続けること、これこそが商品開発と企業存続の神髄だと私は思います。
      | 後藤百合子 | 100年企業のつくり方 | 18:36 | - | - |
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