ASIAN NOMAD LIFE

日本、香港、中国で生活・仕事をしてきてシンガポール在住7年目。
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    移民100万人受け入れ後のドイツで教えられた中小企業の果たすべき役割
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      JUGEMテーマ:国際社会

      ■隔離された移民収容施設と移民2世の女性

      7月下旬、ヨーロッパ出張をしてきました。今回の出張の一番の目的は、ドイツの機械メーカーに発注している機械を出荷前に確認し、初めての取引となるメーカーの工場をチェックすること。5泊8日、10回飛行機乗換えというかなり過酷な旅でしたが、仕事の成果はもちろん、ドイツの移民問題に肌で触れるよい機会となりました。

       

      最初の訪問先はブレーメン郊外の街にある創業150年超、この分野ではヨーロッパ最大の同族経営中堅メーカー。従業員数120名程度と規模はさほど大きくありませんが、長い歴史を誇るだけあって街では誰もが知る有名企業です。従業員も地元出身で引退まで働き続ける人が大部分。訪問は15年ぶりでしたが、展示会で会ったことのあるデリバリー担当の女性や技術者など、いろいろな人からきさくに声をかけてもらいました。

       

      北ドイツの長身、金髪碧眼(もしくはブラウン)の社員がほとんどの中、案内してくれた営業アシスタントの女性は、いわゆる「移民2世」でトルコ系女性。アジア人らしく控えめながら、忙しい営業マンに代わって仕事を的確に迅速にこなしてくれる彼女をいつも頼りにしており、今回、個人的な話も若干することができました。それによると、30代後半の彼女は10数年間この会社で働いており、独身。苗字から推測して「イスラム教徒ですよね?」と聞いたら「No」という返事が返ってきました。

       

      実は、昨年、彼女のボスでわが社担当の営業マン(勤続25年超のオランダ人)にミラノの展示会で会ったとき「100万人も移民を受け入れるなんてメルケルはクレージーだ!」とさんざん不満を聞かされました。「でも、アシスタントのxxさんってトルコ系だよね?」と聞いたら「彼女は別。もうちゃんとドイツ人になっているから」と返答をされたのを覚えています。

       

      このような環境の中、彼女がどれだけの努力をしてドイツ社会に溶け込もうとしてきたのか。それは改宗もしくは棄教(おそらく)という事実をみても明らかではないでしょうか。

       

      訪問の後、彼女が手配してくれたタクシーでブレーメンに戻りました。途中、街のはずれに広大な敷地が広がる施設あったので何か聞いたところ、元ドイツ空軍の訓練施設で冷戦後不要になって放置されていたもので、移民受け入れ施設に指定され相当数の移民が暮らしているということでした。元軍事施設が難民受け入れ施設になるのも皮肉なものですが、高い塀に囲まれた施設の中には人影がまったくなく、現時点では美しく平和なドイツの街から完全に隔離されている印象を受けました。

       

      現在、その中にいる彼らが、街に出てきたときに何が起こるのかを、その晩宿泊したブレーメンと翌日のデュッセルドルフ空港で見た気がします。

       

      ■ブレーメンでひったくりに遭遇し、デュッセルドルフ空港では警察を呼ばれる

      ブレーメン市内のホテルに着くと日没が遅いのをいいことに、さっそく観光に出かけました。たまたまブレーメン美術館が21時まで開いている日だったこともあり、こじんまりしたショップが並ぶ路地を通りながら美術館に向って歩いていたときのこと。夏休みの観光客でごった返す狭い道を、中東系か北アフリカ系と思われる2人の若者がものすごい勢いで駆け抜けていきました。「何かあったのかな?」と怪訝に思っていたところ、「どろぼう!」と英語で叫びながら中国系女性が2人走ってきたのです。ひったくりです。近くのレストランの男性も加わって追いかけていましたが、残念ながら見失ったようでした。

       

      ブレーメンは近郊の町まで含めれば人口230万人ですが、市内はこじんまりしていて、駅前や観光名所のすぐ近くにも閑静な住宅街が広がる美しい地方の小都市です。人々もとても親切。これまで何度もヨーロッパに行っていますが、正直、ドイツでひったくりに会うとは想像したことがありませんでした。パリやミラノの観光地でこそバッグに気をつけていたものの、ドイツではまったく無警戒でしたし、特にブレーメンのような小さな街でひったくりに遭遇したことでかなりショックを受けました。

       

      美術館を出た後、街全体を歩いてみたところ、駅近くの比較的ごみごみした地域を中心に、若者たちが路上に椅子を出してぼんやりしながら話したりスマホをいじったりしているのをかなりみかけました。ゲルマン系ドイツ人の若者はいっさいみかけず、路上にいるのは明らかに移民系ばかりでした。

       

      そして翌日。フランクフルト乗り継ぎでデュッセルドルフに向かったところ、スーツケースが最後まで出てきません。「これは積み忘れだな」と了解し、同じく荷物がなくなったらしき若い男性2人とLost and Foundセクションに向かいました。最初のLost and Foundセクションでは、肌の色の濃いアフリカ系の女性が1人で電話でもめている様子で、指指しで「別のセクションへ行け」と意思表示されました。次のセクションには、中東系もしくは北アフリカ系の女性が3人。2人はカウンターに座っていましたが、1人はカウンターの後ろでうろうろしています。

       

      私の前に並んだ男性2人が状況を説明しても、コンベアーが何番だったのかわからないのならもう一度行って見てこいとか、調べてもわからないから2時間後にもう一度来いなど、サービス精神のかけらもないような暴言の数々。すぐ前の米国人らしい男性は「今日の夕方にはアブダビ行きの飛行機に乗らなきゃいけないけど、それに間に合うのか?」と聞いて、「そんなことは私の知ったこっちゃない」ときり返され半べそをかいていました。この時点で私の点火装置にはすでに火がついていたのですが、まだ我慢しておとなしく待ちました。

       

      乗り継ぎ時間が短かったので、こういうこともあろうかと当日の仕事に必要なものはハンドキャリーしていたものの、なにせ外では取引先の機械メーカーの社長が待っているので気が気ではありません。自分の番になるとそれを説明してすぐに調べるように頼み、この社長に状況を説明する電話をかけ始めました。するとカウンターの女性から「私と話をしたいのか電話相手の話したいのかどっちなのよ?」と傲慢な言葉。「いま状況を説明しているだけだから」とこちらもだんだん堪忍袋の緒が切れかかっています。

       

      幸いなことに、私のスーツケースは次のルフトハンザ便に乗っていることがわかったのですが、今度は、3時間後にこれを取りに来いと居丈高に言われます。仕事があるのでもちろんそんなことはできません。その日の晩は空港内のホテルを予約してもらっていたので届けてほしい、と頼んだところ「そんなことはできない」の一点張り。なぜできないのか説明を求めても「私が悪いわけじゃない」と逆切れされる始末。ことここに至ってついに私も爆発しました。「届ける」と言うまでここから一歩も動かない! と宣言。「では警察を呼ぶ」と脅され、売り言葉に買い言葉で「では呼んでみろ」と応酬したら5分ほどたって、若い男女2人のペアの警官が本当にやってきました。

       

      警官がとりなすような形で「本人が荷物確認しなくてはいけないから3時間後に来いと言ってるんだ」と言い「確認などタグがあるのだから不要。ここで3時間待っていたら今日予定している仕事ができない。その損失をルフトハンザは補てんしてくれるのか?」と押し問答をしていたところ、バックオフィスから金髪の30代と思われるスーパーバイザーがふらっと出てきて「じゃあ着いたらホテルに届けるからここにホテルの住所書いて」と一瞬のうちに一件落着。警官たちもあまりのバカバカしさに二の句が継げない様子で帰っていきました。

       

      彼女たちの様子から見てとれたのは、基本的な接客の訓練をおそらくほとんど受けていないこと、そのため毎日、乗客とのいざこざでストレスをため込み、それをまた乗客にぶつけるという悪循環が起こっているのではないかということです。教育レベルが高く訓練もきちんと受けていればもっと違う窓口にも行けるのかもしれませんが、そうでない人材ばかりを集めているセクションのような感じがしました。

       

      余談ですが、最終日、フランクフルトからシンガポールのフライトでも、搭乗までにかなりの時間があったにもかかわらずまたスーツケースが積み残されました。今度はシンガポールのLost and Foundに行ったのですが、1人でカウンターに座っていたマレー系の若いお兄さんがさっとコンピュータで調べて「いま次の便で向かってるから2時間後には着くよ。ここに住所書いて。自宅まで届けるから」とものの5分もかからず笑顔で対応してくれました。その日の晩には私のスーツケースが無事戻ってきたのは言うまでもありません。

       

      ■イラク系難民の若者に期待する工場経営者の採用戦略

      こうしてやっと空港の外に出た私は、辛抱強く待っていてくれた取引先の機械メーカー社長と出会うことができました。

       

      数か月にわたりメールで何度もやり取りしていましたが、彼と会うのは今回が初めて。私と同年配の50代の社長です。普段のメールのやり取りから土日、早朝深夜関係なく仕事をしている様子がわかっていましたのでそれを聞いたところ「うちみたいな小規模の工場では専任の営業マンを置くわけにもいかないし、社長が全てやらなければいけないんだよ。今年は忙しくて夏休みも取れないので、今日は半日だけ夏休みをとったつもりでアテンドするから、どこでも行きたいところを行ってね」と笑顔で言ってくれました。そしてその言葉通り、工場見学から機械の仕様詳細を詰めた後、ヴッパータールというドイツ有数の繊維工業都市の街や、デュッセルドルフの街を数時間にわたりアテンドしてくれました。

       

      この工場は前述の工場と違い、家族を含めて従業員が10人。30坪程度の工場の中にぎっしりと工作機械が詰め込まれ、2F以上は社長家族の自宅兼事務所と、いわゆる「町の鉄工場」です。現社長は3代目で、73歳になる前社長は今でも朝から夜遅くまで工場で働き、この会社の目玉である機械の心臓部を作る根っからの職人。社長の弟は設計がメインで製図から材料選定までの技術面を担当し、社長の妻が別の仕事をしながら経理を担当しています。

       

      今回会った社長はきさくな人柄と英語・フランス語の語学力を活かし、ヨーロッパのみならずアジア、アフリカ、アメリカ、南米と世界各地の顧客を相手に営業し、日本と同じく製造業の空洞化で同業他社が次々と倒産していく中、ドイツで生き残ってきました。この会社だけにしかできないオンリーワン技術ももっており、取引先の台湾材料メーカーから「この工場の機械だったら信用できる」と紹介してもらったお墨付きです。

       

      国は違えど小企業の社長の悩みはどこでも同じ。予算をかけないで宣伝しようとYou Tubeに画像をアップしてもすぐに中国の競合相手にマネされるとか、せっかく受注しても人でが足りなくて納期がかかってしまう、新人を採用したが今日で3日も休んでいる、来週になってもこれが続くようだったら何とかしなくては・・・等々。商談後、こんなよもやま話で盛り上がっていたところ、またもや移民の話になりました。

       

      彼はメルケル首相の移民政策の支持者で、「先進国は中東や北アフリカの戦乱に責任がある。だから僕は移民政策を支持する。日本とは正反対だけどね」と少し皮肉をこめて語ってくれました。その中で彼が話してくれたのが、入社して1年ほどになるイラクからの難民の若者のことです。「彼は真面目で非常に頑張ってやってくれている。将来にとても期待している」と。

       

      同時に私たち日本の小工場と同じく、採用がなかなか難しい現状も教えてくれました。「僕は職業訓練校の担当者にいつも、とにかく成績が一番悪い子を紹介してくれ、と頼んでいるんだ。この工業地帯でうちみたいな小さい工場に就職したいと考える若者はいない。だからどこにも行けない、という若者を採用して時間をかけてゆっくり育てる。それがうちの会社の採用戦略なんだ」と。

       

      ■中小企業での安定した仕事こそが国の未来を創る。

      私たちが仕事の話をしている最中、会議室の隣にあるシャワー室に勤務を終えた工員たちが一人、また一人と入っていってはコロンの匂いをぷんぷんさせながら「お先に」と社長に声をかけて工場を出ていきました。これからデートの約束でもあるのでしょう。ブレーメンの通りでぼんやりと座っていた若者たちとは目の輝きが違い、どの若者も仕事にも生活にも十分に満足している様子がうかがわれました。

       

      そうして彼らはこの町で恋人を作り、結婚して所帯を構え、子供を産み育てていくのでしょう。社長の営業手腕を信頼し、社長の父や弟から技術を学びながら少しずつ職人としての腕を磨き、前社長のように年老いても「この技術だけは絶対にどこにも負けない」という職人になり、引退する年になってもずっと仕事を続けたいと思うかもしれません。冒頭に紹介したブレーメン近郊の中堅メーカーもそうですが、この会社もまた終身雇用を守っています。「どうしても辞めたいというなら別だけれど、不況だからリストラするなんてことは考えたこともないよ。そんなことをしたら誰も働いてくれる人がいなくなってしまう」と、社長は笑いました。

       

      大企業に比べたら確かに給料は低いかもしれませんが、毎日社員が誇りをもち、安心して働ける仕事の場を提供することこそ、100万人移民のこれからに怯えるドイツに必要であり、この会社のような中小企業にこそそれが可能ではないのかと思いました。

       

      そして、貧困問題や少子高齢化に悩み、これから本格的に外国人移民の検討に入る日本においても、中小企業の経営者への啓蒙活動も含めて考えていくべき問題なのではないかと思います。

      | 後藤百合子 | 企業経営 | 13:20 | - | - |
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