ASIAN NOMAD LIFE

日本、香港、中国で生活・仕事をしてきてシンガポール在住7年目。
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書評:浅羽通明著『「反戦・脱原発リベラル」はなぜ敗北するのか』
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    ちょうど昨年の今頃、国会前は連日、SEALDsをはじめとする老若男女の安保関連法案に反対する人々の群れで埋め尽くされていました。あれから1年、SEALDsは解散し、あの熱狂はいったい何だったかという疑問を残したまま、嘘のように人々から忘れ去られています。

     

    この本は、あれだけの人を動員し、盛り上がりをみせた若者たちを中心としたデモが、なぜ敗北したのかを対話形式で分析していきます。

     

    絶望から出発した者だけが、自らを上げ底にせず大地の岩盤を踏みしめて前進できるのです。

     

    浅羽さんらしいロマンティックな表現の中に、「絶望」を感じていないであろう人々への苛立ちがうかがえます。

     

    このデモに先立ち福島原発事故の際にもやはり、同様のデモが行われました。2012年7月末のデモでは主催者発表によれば20万人が参加とされています。これに対し、SEALDsが中心となったデモの動員数は12万人。学生たちにしてみればこれまで見たこともない人数だったかもしれませんが、有権者全体の数からすればほんの一握りで、原発反対でもよりだいぶ人数を減らしています。

     

    「安保関連法案は違法」と断言し、政党「国民怒りの党」を結成して法案通過後の参院選で比例代表区に立候補した小林節氏も、政党全体の得票数が12万6千票あまりと、デモ参加者の得票数とほぼ同じで、「1人のデモ参加者の後ろには100人の賛同者がいる」という期待は見事に裏切られました。

     

    浅羽氏が強調するのは、彼らの失敗はデモ実行自体が目的化されてしまい、デモで実現したい目標をデモ以外も含めたあらゆる手法を使い「いかに達成するか」に目を向けないことにあるということです。

     

    批判してくる同業者であるインテリへの反論とかは考えても、主敵である安倍政権について、こういう攻撃は効いているみたいだとか、ここが安倍晋三の弱点ではないかといった戦略論とか戦術論とかはまったくない。自分たちと仲間や同類、後進へ向けて、戦うときの自前の心構え、すなわち精神論を説いてばかりいますね。

     

    昨年「デモに参加すると就職が不利になる」という言説が飛び交い、”「デモに参加すると就職に不利になる」と言われて参加をとりやめる学生は採用されない”という記事を書きました。この中で私は、「 「現状を打開したい」という気持ちがなければ、「カイゼン」も「イノベーション」も生まれない。 」ということを言っています。まさに当時最後まで反対デモに参加していた人々の中にはこの強い気持ちがあったと思いますが、逆にいえば、それだけで終わってしまった。

     

    そこからデモの主催者たちは、参院選への選挙協力という方向に流れていくのですが、浅羽さんが指摘するように、2012年の反原発デモ後に行われた東京都知事選で、反原発を訴えて立候補した細川元首相が敗れた事実を真に受け止め、その「絶望」から、彼らの倒すべき敵である安倍政権の弱点をつく「戦略」や「戦術」、平たく言えばPDCAサイクルをきちんと回していなかったということが最大の敗因であるのではないかと思います。

     

    ビジネスの世界では、いくら一生懸命仕事をしても、結果が出なければそれはただの無駄なコストにしかなりません。「ここまで頑張ったから自分で自分を褒めてあげる」では永遠に業績を上げられません。もしも期待した結果が出なければ、どこが悪かったのかをきちんと検証し、次は結果が出せる方針を再度練り直して実行しなければなりません。そうではなく、デモ自体(会社でいえば仕事)、仲間同士(会社でいえば同じ会社の社員)の連携にだけ目が行ってしまっている現状では、デモの外側にある現実の問題を解決できないのです。

     

    その意味で、浅羽さんは「サラリーマンおよび実務家社会人を巻きこまなければ、リベラルは勝てない」「これまで忌避しがちだった実務人たちの思考方法を身につけてゆけば、浮かぶ瀬もある」と論を進めます。

     

    イケてなかろうがダサかろうが、自分にとって生き死にに関わる問題だから闘うしかない。そういうものでない限り、私は眉に唾をつけざるをえないのです。

     

    というエピローグの結論に向かう中、問題をどこまで自分の人生と重ね合わせられるか、どこまで戦略を具現化できるのかに収束されます。

     

    私自身はいわゆる「リベラル」ではありませんし、憲法9条改正も必要だと考えていますが(安倍政権の改正案とはだいぶ違うものです)、現在のように、そのたびにその場しのぎの戦略と候補者で勢力を徐々に弱め、リベラル側が自公政権と拮抗して緊張した政治関係を作ることができないのは、日本の将来にとってマイナスであると思います。

     

    「リベラル」の方々にこそ、読んでほしい本です。

    | 後藤百合子 | 書評 | 16:27 | - | - |
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