ASIAN NOMAD LIFE

日本、香港、中国で生活・仕事をしてきてシンガポール在住7年目。
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    書評:「プライベートバンカー カネ守りと新富裕層」〜シンガポールの中の日本
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      JUGEMテーマ:シンガポール

       

      ■日本人の口座開設に厳しい目を光らせるシンガポールの銀行

      昨年夏、ちょうどこのドキュメンタリー小説(実名で登場する人もいますし、ほぼノンフィクション。文体は小説タッチ)が出版された頃、シンガポールの地元銀行で新しく銀行口座を開きました。

       

      これまでも個人用や会社用にいくつも銀行口座を開いてきましたが、初めて「私はアメリカ合衆国市民権やグリーンカードをもっていない」という宣誓書(もっているとシンガポールで発生した所得に対しアメリカ合衆国政府に納税義務がある)以外に、「日本に住所を有さず1年の半分以上シンガポールに在住している」旨の書類にもサインさせられました。

       

      私は日本に住民票がないのでマイナンバーをもっていませんが、もし持っていたら今後はその書類に番号も書かされることになるでしょう。

       

      本書には、日本とシンガポールの国税局が2010年に租税協定を改正し情報交換制度を確立した、と書かれています。その成果がこの文書であり、シンガポールで新しく銀行口座を開く日本人、国税局の視点では、日本から不正に海外へ資金を持ち出そうとする可能性のある個人を捕捉するためのものであることがわかります。

       

      また、以前は「投資家ビザ」と呼ばれる、シンガポールで百万ドル(当時のレートで6千5百万円くらい)を投資すれば簡単に滞在許可をもらえる時代もありましたが、現在では投資金額も2.5百万ドル(日本円で約2億円)に上がった他、3年にわたる自分の会社の財務資料の提出、その間の売り上げが年間40億円以上等々の厳しい条件があり、本書に出てくる節税目的でシンガポールに移住した方々の一部には要件に当てはまらなそうな方もいらっしゃいました。

       

      その意味で、本書が描写する「究極のタックスヘイブン、シンガポール」という状況はすでにだいぶ様変わりしているのではないでしょうか(実際、主人公のプライベートバンカー杉山氏は「もうシンガポールで学ぶものはない」と2013年に日本に帰国しています)。

       

      ですので、これからシンガポールに節税目的で移住しようという方々にはあまり参考にならないかもしれません。

       

      ■「お金」目的でシンガポールに移住してきた富裕層

      それにしても違和感をもったのは、本書に登場する人々のほとんどが、シンガポールに定住する日本人(2015年時点で約37,000人)コミュニティーの中のみで暮らしているという事実です。

       

      シンガポールには私のようにシンガポール人やその他の外国人配偶者をもつ日本人が多く、恐らく千人単位の方が暮らしていると思われます。しかし、そのほとんどは、個人的な繋がりで他の日本人とコンタクトをもっていることはあっても、生活の基盤はあくまでもシンガポールであって、シンガポール人やその他の外国人との関わりは不可避です。

       

      これは欧米でもかなり一般的な状況で、例えばアメリカやヨーロッパ諸国などで働いたり、日本の会社から派遣されて駐在されたりしていても、会社の同僚や地域コミュニティーなど、ある程度までは現地の人々に溶け込んでいる方がほとんどだと思います。

       

      ですので、本書に出てくるようにシンガポール人やその他の外国人とは仕事や生活でほとんど関わりをもたず、日本人社会の中ですべてが完結している様子には驚くとともに、「お金」だけが目的で海外に移住すると生活はこうなるのだ、という姿をまざまざと見せつけられた気がしました。

       

      ■タックス・ヘイブンへの道

      シンガポールで、当時のレートで約6千5百万円程度を持ち込めば比較的簡単に永住権が取れる、という政策(Financial Investor Scheme)が始まったのは、2004年、ゴー・チョクトン氏に続き、現首相のリー・シェンロン氏が首相兼財務省に就任した年。垂涎の的の米グリーンカードと違い、随分簡単だな、と感じた記憶があります。

       

      それに先立つこと13年前、私が初めてシンガポールを訪れたのは1991年でした。

       

      東南アジア随一の大都会とはいえ、まだまだのんびりとした牧歌的な空気が漂うシンガポールは香港、台湾、韓国と並び「アジア四小龍」と呼ばれていました。めざましい経済成長が世界的な注目を集めていましたが、いっぽう、その1年前に訪れた香港の、誰もが小走りで走り、世界中から集まった外国人が闊歩する雑然とした雰囲気に比べると、南国特有のゆったりした時間が流れていたのです。

       

      おりしも1992年の小平の南巡講和の直前。これをきっかけに、中国、ひいては中国の来料加工貿易の中継地となった香港は飛躍的な成長を遂げます。ここから中国返還の97年までの香港発展には、間近で見ていて質・量ともに凄まじいものがありました。

       

      いっぽうのシンガポール経済は右肩上がりではあったものの、同時期の香港に比べると成長のスピードは緩やかで、1997年のアジア通貨危機の際には15%もGDPが下落。2000年代に入っても経済は低迷しました。

       

      これに追い打ちをかけるように2003年にはSARSが大流行。観光客やビジネス客が激減する中、シンガポール国民でさえも感染を恐れて家から出ないようになり、ショッピングセンターやレストランから人が消えるという深刻な事態に陥ったのです(私が夫と結婚したのは2001年。SARS騒ぎの時にはマンション価格も暴落したので、今でも「あの時マンション買っておけばもっと都心に住めたね」と話をすることがあります)。

       

      ライバルの香港に大きく水をあけられ、SARSで国内が混乱する中、起死回生の策として出されたのが、富裕層の取り込み→シンガポールへの投資促進案であったのではないかと私は考えています。シンガポールには香港と同じくキャピタルゲインやインカムゲイン課税はありませんでしたが(日本も89年までありませんでした)、2008年には相続税を廃止。世界各地からの富裕層の流入を促進し、彼らが持ってくるお金により、シンガポール経済を再生しようとしたのです。

       

      政府の思惑通りここを境にシンガポールのGDPは急ピッチで拡大し、ついに2010年、香港のGDPも抜くことになります。私はその前年の2009年から家探しなどでシンガポールを頻繁に訪問していましたが、ちょうどこのあたりからシンガポールが人も街も非常に変わってきたという実感があります。

       

      本書に登場する方々の多くは、その前後にシンガポールに移住された方なのではないでしょうか。

       

      ■「社会とのつながりを持たずに生きて、それで幸せなのだろうか。」

      彼らの多くは、遺産相続やキャピタルゲインの節税のためにシンガポールに住み、人と交わることもなく、無聊をかこっています。大金を手にして新たに事業に挑戦する気も起きず、ただただ日々を過ごすだけの「あがり」の人々に対し、著者やまだ若く現役の登場人物は同情の念を隠せません。

       

      暮らしのレベルや年齢が違うので、彼女たちと富裕層では比較にもならないが、咲子や佐藤が経験的に気づいたことがある。それは、税金を逃れてきた日本人で幸せになったという話はあまり聞かないことだ。(中略) 咲子は「あがり」の富裕層で家庭円満な人をほとんど見たことがない。(中略) 仕事、目標、友人ーー。新富裕層の溜息は、それらが欠ければ異国で生きるのは辛いことを教えている。

       

      彼らとはまったく逆に、咲子さんや佐藤さんという若い女性たちは、独立起業したり、英語ブログで発信を続けて有名になったりと、ローカルコミュニティの中で確実に地歩を固めていきます。また、主人公の杉山さんも、ヘッドハンティングされて日本人上司との関係を断ち、シンガポール人やその他の外国人たちとより広い人間関係をもつことによりプライベートバンカーとして成長していくのです。

       

      また同じく、実名で登場するトレーダーの阿部さんは、2013年放送のNHKスペシャルにも出演されていましたが、シンガポールのフェラーリ愛好家グループに参加し、たくましくコミュニティーに溶け込んでいる様子がわかります。

       

      本書によると「永住権をとらないか」と阿部さんにもちかけたのはシンガポール政府金融局であり、期待を裏切らず腕利きの投資家として活躍されているのです。

      能力のある人間はしばしば人と違う金儲けや遊びをする。そうした異能と突出した人材を祖国はなかなか認めないが、シンガポールは逆に歓迎した。当地には阿部のようなトレーダー関係者が十数人も流入しているという。

      かくして、人材とカネ、そして税収は日本からオフショアへと流れる。

       

      日本の厳しい税制を逃れるため、何不自由なく、無為徒食で異国の毎日を過ごす「あがり」の人々と、自身の可能性に賭け、日本にはないチャンスを掴もうと同じ異国で孤軍奮闘する人々。

       

      自国という括りから解き放たれたときこそ、人は自分が一番生きたいと思う人生を生きる、ということを本書は伝えようとしているのかもしれません。

       

      | 後藤百合子 | 書評 | 01:47 | - | - |
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