ASIAN NOMAD LIFE

日本、香港、中国で生活・仕事をしてきてシンガポール在住8年目。
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「一帯一路」に寄与するかもしれない華人ダイバーシティー
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    JUGEMテーマ:国際社会

     

     

    ■欧米人を凌ぐ華人系英国人指揮者の音楽への造詣

    先週末、シンガポール交響楽団の「Discovery Series」というカジュアル・コンサートに行ってきました。

     

    演目はベルリオーズの幻想交響曲。クラシックの名曲ですが、当日はベルリオーズの生い立ちからイギリス人女優ハリエットとの恋愛のいきさつを含めた説明で始まり、演奏中もスクリーンとトークで曲や主題を説明。他にもクイズやQ&Aコーナーなど聴衆とのリアルタイムでのインタラクティブもあって、いわゆる「クラシック・コンサート」とは趣が異なり大変楽しめました。

     

    指揮とトークは、ジェイソン・ライ。

     

    シンガポール交響楽団の他、シンガポール大学でオーケストラの指揮者を兼任している、英国生まれの香港系イギリス人。以前にはBBCのクラシック番組で審査員やホストを務めていたこともあり、完璧なBBC英語でユーモアたっぷりに音楽を語ります。

     

    ジェイソンさんの祖先がいつイギリスに移住したのかはわかりませんが、100%アジア人の外見とは裏腹に、クラシック音楽への造詣を披瀝する姿を見ていると、先祖代々英国に住んできた英国人より英国人らしいかもしれないと思いました。

     

    ■東南アジアの華人の歴史と華人に共通する価値観

    華人が人口の7割強を占めるシンガポールも、歴史を遡ればもともとは華人の国ではありません。

     

    長く土着の少数部族が小競り合いを繰り返してきたマレー半島にあって、シンガポールで華人が一大勢力となったのは18世紀後半と言われますが、それよりずっと早く10世紀から華人の移住が始まっていたそうです。

     

    15世紀には明朝とマラッカ王国の交易が盛んになり、華人の移住も増加。マレー人やインド人、ヨーロッパ人との混血も増え独特の華人文化、プラナカン文化を形成していきます。私の義父の家系もプラナカン(かつ客家)ですが、先祖がいつマレー半島にやってきたのか親戚の誰に聞いてもわからないほどマレー半島に長く住みついてきました。

     

    そんな彼らのアイデンティティは何かというと、やはり「中国人」。飲酒・豚肉の禁止など戒律の厳しいイスラム教徒とは一線を画し、コミュニティーを守ってきた彼らは生まれたときから中国人です。

     

    ただし、共産党革命以降の中国本土の人々とは、価値観や宗教、そして言葉も大きく違います。

     

    シンガポールは故リー・クワンユー元首相の号令一下で中国の普通語に発音も文字も統一されましたが、マレーシアでは広東語のテレビ番組も日常的に放送されていますし、タイやインドネシアに至っては、普通語はおろか、華人に中国語教育を行うことも長く禁じられてきた他、姓名も現地風の名前が強制されていますので、一見して華人とはわかりません(タイのタクシン、インラック元首相兄妹や、アホック元ジャカルタ州知事も華人です)。

     

    やはりプラナカンの家に育った私の義妹は、「学校でも中国語を勉強したしずっと自分は中国人だと思っていたけれど、初めて中国に行って彼らと中国語で話してみたら、自分たちとは全然違うことがわかった。私は華人だけど、やっぱり中国人じゃなくてシンガポール人だわ」としみじみ語ってくれたことがあります。

     

    逆に同じ東南アジアの華人でも、タイやインドネシアの華人とシンガポールの華人は中国語でなく英語で会話します。そんな彼らの姿を傍から見ていると、日本人の私と同じように英語で会話していても、やはり代々受け継がれてきた華人として共通する文化や習慣そして何よりも価値観のせいか、私には理解できないところで彼らが分かり合っているという印象をもたざるを得ないのです。

     

    ■バナナでも根っこの価値観は中国人

    そしてこのところ増えているが、冒頭にご紹介したジェイソンさんのように、欧米(やオセアニア)に移住した華人の子孫たちです。

     

    シンガポール人は自虐的に自分たちのことを「バナナ」と呼ぶことがありますが、そのココロは「外は黄色いが中は白い」です。

     

    以前の記事にも書きましたが、シンガポール人の大部分は英語ネイティブ。自分が使う言葉は、ものの見方や考え方の基礎になりますから、頭の中が英米風になっても不思議ではありません。しかし、いくら英語でものを考えるようになっていても、数百年受け継がれてきた生活習慣や文化に裏付けられた生き方そのものに対する考え方はなかなか変わらないものです。

     

    故リー・クワンユー首相はプラナカンの家庭で育ち、英ケンブリッジ大学を首席で卒業した秀才ですが、英語とマレー語は自由に話せたものの、中国語は当初ほとんど話せなかったといいます。しかし、その彼でさえ「アジアの価値観」という言葉をさまざまな場面で使い、最後まで欧米的な価値観と対極にある、きわめて中国的な価値観をもっており、現在もそれはシンガポールの政策の中に生きています。

     

    例えば、シンガポールの公団住宅や年金システム。

     

    シンガポールには極めて安価に良質の公団住宅を国民が買えるシステムがありますが、親と同じ地域に希望して応募すると抽選の優先順位が上がったり(介護が必要になったときに便利)、土曜日の夜や日曜、祭日は公団住宅の駐車場が無料になったり(休みに子どもたちが親を訪ねるのを奨励)、3世帯同居も可能な2つのアパートメントをくっつけた住宅もあります。

     

    また、年金は自己口座に強制的に積み立てて政府が運用しますが、決してこれだけでは十分ではなく、子どもたちが親の老後を協力して金銭的面倒をみるのを少し助けるくらいの感覚です。最近はこの制度に加え、自分の給料から親の年金を補助する積み立て金に加入すると税額控除が受けられる仕組みもできました。

     

    日本ではここ数十年で「老後は子供の世話にならない」が普通になりましたが(その分家族でない国民が年金を負担することになります)、バナナな国民が大半のシンガポールでは、いまだに物質的にも精神的にも、家族が常に助け合って生きていくという極めて中国的な価値観が生きているのです。

     

    このような国が欧米(及びオセアニア)で生まれ育った華人たちや、香港や台湾などで生まれ欧米などに留学したり仕事の経験がある華人たちに居心地が悪かろうはずがありません。

     

    ジェイソンさんがいる芸術界をはじめ、ビジネス界でもさまざまな国で生まれ育った華人がシンガポールで活躍していますし、その数は近年、ますます増えていると感じます。

     

    ■華人ダイバーシティーが次世代のキーに

    シリコンバレーを筆頭とするIT産業が米国経済復活のキーになり、現在も世界の最先端を走り続けているのはご存じの通りですが、その成長の原動力となったのは、世界中から集まってきた人材の多様性であると言われます。

     

    実際、米IT企業と仕事をすると、メールにCCされている名前を見ただけでアジア系、インド系をはじめ、世界中のあらゆる国々の人が働いていることがわかります。

     

    しかし、昨年にトランプ氏が米大統領となり移民政策が抜本的に改正される懸念が強まっていること、イギリスもまたEU離脱に伴い移民規制が強まりつつあること、またオーストラリアでも移民枠の縮小が始まるなど、英語圏で華人(その国の市民権をもっていない)が置かれる状況は日増しに厳しくなっています(先週伊藤比呂美さんがツィートしていましたが、以前は米グリーンカード保持者は国民と同じ列に並べたのが、現在は外国人の列に並ばされるそうです)。

     

    そのような状況の中で世界に散らばった華人たちがどこをめざすか?

     

    シンガポールはもちろん、香港、台湾、そして中国本土に、「外国人」華人として回帰していくような気がしてなりません。

     

    習近平書記長の「一帯一路」思惑とはまた別の形で、はるか昔、シルクロードを通って中国から世界に向けて出ていった華人たちが主役となって、再び大中華圏が復活してくる予感がしています。

    | 後藤百合子 | グローバルビジネスと人材 | 17:52 | - | - |
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