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    総労働人口の1割に達した65歳以上の就労者。引退後を年金と貯蓄/投資だけで乗り切るという思考法は捨てるべき。
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      JUGEMテーマ:幸せなお金と時間の使い方

       

      ■アメリカでも深刻化する引退後の「下流老人」化現象

      地方自治体がより容易に個人年金などを運用できるようにする米下院67号議決にトランプ大統領が先週署名したことを受け、「アメリカの平均世帯の引退時貯蓄は12,000ドル(約130万円)」というショッキングな見出しの記事がThe Economistのウェブサイトに掲載されました。

       

      記事中では「もっと節約して投資に回すべきだ」というノーベル賞受賞学者の説も紹介していますが、逆に誰もがこのような行動を取ることによりカネ余り状態が促進され、金利が下がって十分なリターンが得られくなり、また、貯蓄によって消費が鈍ると経済が悪化し政府の財政赤字も拡大する。そして、これまで節約して投資を続けてきた世帯でも貯蓄平均は10万ドル(約1100万円)程度であり、公的及び企業年金が資金不足に陥る中、とうてい引退後の生活費をまかなうことはできない。企業が運用する個人年金に加入できる人が70%もいるのに、実際にその制度を利用しているのは半分程度にとどまっている、などと反論がされています。(まるで日本の現実を見ているようですが・・・)

       

      この記事以外にも、最近は子供の学費ローンを肩代わりしたために借金苦に陥っている親の話や、約76%のアメリカ人が引退後の経済状態に不安をおぼえているなど、アメリカでも引退後の貧困に関する記事が増えていると感じます。

       

      日本とまったく同じく、米国でもすでに引退後に「下流老人」化する人が激増という現実が差し迫った問題となっているのです。

       

      ■年金と貯蓄/投資だけでは暮らせない引退後

      翻って現在の日本では、ファイナンシャルプランナーなどが老後の生活設計について指南する記事は、受給できる想定の年金がいくらで、月々の収入から節約してこれだけ貯蓄して、その何割を投資して、という記事がほとんどですが、実際に現在の40代、50代が引退したときに彼らのシナリオ通りに老後の生活をまかなえるかというと、その可能性は限りなく低いと私は考えます。

       

      現在の日本国政府の財政赤字を穴埋めするためには大増税は近い将来避けられないでしょうし、インフレリスクもあります。また、年金は団塊世代の大量受給後、(物価に対し)同水準でその後の世代が受給できるとはとても思えません。定期預金の利息はほぼゼロですし、株式投資はといえば、日本の上場企業の株式配当利回りはせいぜい1〜2%程度で、仮に1千万円投資したとしても年間10万〜20万円にしかなりませんし、税引き後はさらに減ります。政府が目標とするインフレターゲット2%が達成できたとしたら、実質、マイナスになる可能性も否めません。また、大量に移民を受け容れるなどの政策転換がない限り、今後不動産投資で成功できる可能性も低いでしょう。

       

      海外投資にしても、堅調な成長が見込めるアジア諸国の資金需要は2030年までは確実と言われていますが、その後は不透明。南米やアフリカが今後どうなるかはまったく予測不能ですし、中国ではすでに資金が余り過ぎて世界中で不動産を買い漁り、実需のない不動産高騰を招いています。また、現在、アメリカ経済は堅調ですが、株価は異常なほど高騰していて、いつバブルが弾けてもおかしくないと私は思っています。

       

      この現実を直視したら、「年金と貯蓄/投資だけで100年ライフを無事に終えるのはどう考えてもムリ」と結論するのが妥当ではないでしょうか?

       

      ■80歳まで働く人生が当たり前になる現実

      前回のブログ記事で書いた『Life Shift』の書評の中で、100年前には「80歳まで働く」が当たり前だった、という文章を引用しましたが、今後はまたその時代のライフスタイルに回帰していくのではないかと私は考えています。

       

      実際、2014年にもアベノミクスの雇用で増えた被雇用者の多くが65歳以上の高齢者という記事を書きましたが、このトレンドは今も変わっていません。昨年の統計局「労働力調査年報」を見ると、2002年と2016年を比較し、総労働人口は0.6%の減少に対し、65歳以上の就労者数は487万人から783万人と右肩上がりで61%も増え、現在では労働人口の1割強が65歳以上となっているのです。

       

      逆に34歳以下の労働人口は年々減り続けており、2002年には2,234万人と総労働人口の33%を占めていたのが、2016年には1,722万人とわずか26%にまで減ってしまいました(この影響はすでに深刻になりつつあり、中小零細企業では人手不足で廃業する会社も出てきています)。

       

      定年を67歳から70歳程度まで延長する案も出てきているようですが、実際問題として、例えば大卒で22歳で就職した会社に50年近く、毎日満員の通勤電車に揺られながら、若い人たちと同じように勤め続ける生活が果たして現実的なのか、私は甚だ懐疑的です。また、70歳までできたとしても、90歳まで生きるとなればさらに20年間、100歳までとすればさらに30年間の引退後生活が待っているのです。

       

      それを考えると、どこかの時点で仕事の内容や質や量を変え、最低でも75歳くらい、できれば80歳くらいまでは自分のペースで働くことができる『Life Shift』に登場するジミーやジェーンのような働き方が必要となる日が、もうそこまで来ていると考えざるをえません。

       

      年金はゼロにはならないでしょうし、貯蓄もあればあるにこしたことはありません。しかし、これからさらに伸びることが予想される人生スパンを考えるとき、今後自分がどのように働いていくかをもう一度真剣に考え直すときが来ていると思います。

      | Yuriko Goto | 老後と年金 | 15:08 | - | - |
      書評:「ライフ・シフト」〜100年生きる時代を乗り切るには?
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        JUGEMテーマ:経済全般

         

        ■100年間生き抜かなければならない時代

        国連の推計によれば、2050年までに、日本の100歳以上人口は100万人を突破する見込みだ。(中略)2007年に日本で生まれた子どもの半分は、107年以上生きることが予想される。いまこの文章を読んでいる50歳未満の日本人は、100年以上生きる時代、すなわち100年ライフを過ごすつもりでいたほうがいい。

         

        日本語版への序文に書かれたこの一文は、まさにショッキング以外の何物でもありません。

         

        現在の日本では、40代、50代サラリーマンで、親の世代のように60歳で定年退職し、その後は年金で余生をじゅうぶん暮らせると考えている人は、一部の恵まれた方々を除きほぼ皆無だとは思いますが、それでもファイナンシャルプランナーなどが推奨する「貯蓄して投資して老後資金を!」という記事のほとんどでは、65歳まで再雇用で働いた後は厚生年金を主軸に、それまでに貯めたり投資した老後資金を食いつぶして80代程度まで生きていくという前提となっています。

         

        その非常に楽観的な人生設計を冒頭でこの一文が突き崩します。まさに「100歳まで自己責任で生き抜かなければならない時代」に私たちは差しかかっているのです。

         

        ■逃げ切り世代のジャックと、ライフ・シフトの潮目で瀬戸際に立たされるジミー

        本書では、1945年生まれのジャック、1971年生まれのジミー、1998年生まれのジェーンという3人のモデルケースが描かれます。

         

        子育てや友人、地域コミュニティの付き合いなどを一手に引き受ける専業主婦のジルと子どものモデル家庭をもつジャックは、教育→仕事→引退という3ステージの人生を全うし、62歳で引退。70歳で亡くなります。最終所得の30%をカバーする公的年金と企業年金を受け取り、不足分は貯蓄から補充。引退後の収入のソースは3つあり、引退してから死亡するまでの期間が短かったこともあり、お金の心配は全くありません。

         

        これに対し、今後の先進国では確実に公的年金は先細り。日本では特に、1960年に公的年金受給者1人に対し、勤労世代10人が国民年金を支払っていたのに対し、2050年には受給者7人に対し、勤労世代10人と予測されます。単純に考えれば、公的年金は60年代の1/7の水準に落ち込むということです。

         

        企業年金も同様に、増える受給者に対処できません。1987年にイギリス企業年金加入者は810万人でしたが、2011年には290万人に、アメリカでは企業の確定給付型年金を利用できる人の割合は、1983年には全体の62%だったのに対し、2013年には17%だそうです。

         

        この年金給付の減少が1971年生まれのジミーを直撃します。

         

        政府努力(増税や保険料のアップ)により公的年金により最終所得の10%をかろうじて確保するものの、企業年金はほとんど期待できません。さらに追い打ちをかけるように、引退してからの寿命が延びます。

         

        ジャックは42年間の勤労期間に対して8年間しか引退機関がありませんが、ジミーは65歳まで働いたとしても、勤労期間が44年に対して引退期間が20年と、ほぼ2対1の割合になります。その分を自己資金で賄う必要がでてきますが、著者の試算によると、最終所得の50%を維持するための勤労期間の必要貯蓄率は17.2%にもなります(老後資金のみ)。これは大部分の会社員には現実的にはほぼ不可能な数字といえるでしょう。

         

        この影響を1971年生まれのジミーは直接受けることになります。大学卒業後IT企業に就職し、グローバル化の波により失業するも再就職をした後70歳まで仕事を続けますが、給料は先細り、貯蓄も残りの引退生活を過ごすには十分ではありません。

         

        そこで、著者はジミーの人生の3ステージに0.5ステージをプラスした3.5ステージの人生を想定します。55歳のジミーは勤めている会社を辞めて大学での講師の職を得ます。給料は下がりますが、70代になっても仕事を続けられるため貯金を取り崩さなくてはいけない期間が減り、プライベートの時間も増えるので仕事と家庭のバランスもとれるようになります。また、別の選択肢としてパートタイムのコンサルタントやまったくITとは関係ない、小規模なお店のマネージャーの仕事も提示されます。これらの仕事のメリットは、教育に再投資する期間や金銭が必要なく、かつ、長期間働けるというものです。

         

        もう一方で、ジミーが4ステージの人生を選んだ場合の可能性も描かれます。45歳のジミーは自身のスキルが時代遅れになってしまっているのを実感し、1年間にわたり余暇の時間を犠牲にしてスキルを磨くための講習に参加します。この間、妻との関係も再構築し健康への投資も始めます。インドが本社の会社に再就職して仕事をしながらさらにスキルを磨くための勉強も怠りません。

         

        そして5年後、50歳になったジミーはさらに高いスキルを求めて勉強を続け、65歳時には高度なスキルをもつ国際的プロジェクトマネージャーとして自立しています。仕事の評価は高く、70代後半になってもまだ仕事の依頼があり、77歳まで働くことになります。(これ以外に起業の可能性も描かれますが、失敗した場合も「ポートフォリオワーカー」として自立して稼いで行ける可能性は高いとしています)


        ■白紙から始まる人生設計を構築するジェーン

        これに対して、1998年生まれのジェーンは100年以上生きる可能性が高いため、最初から教育→仕事→引退という人生を前提にできず(65歳で引退するためには所得の25%を貯蓄し続けなければならない)、また、これだけの長期間、連続して働くことは精神的、肉体的にもムリがあるため、見えない資産である人間関係や、自身の健康を再構築したりする期間が必要になります。

         

        さらに今後、AIやロボットの台頭により中スキルの仕事が消滅していくことにより、自身の仕事のスキルアップを図る再教育の期間も必要となるのです。この前提では、3ステージは想定できず、最低でも4ステージ、または5ステージの人生を生きなければならない可能性が示唆されます。

         

        そんな世代のジェーンが5ステージを送るとして想定された人生の大学卒業後のステージで選ぶのは「エクスプローラー(探検者)」と呼ばれる状態です。ラテンアメリカを旅し、スペイン語を学んだ後、お祭りの屋台でビジネスを学び、組織作りや予算管理の基礎を学び、人的ネットワークも構築していきます。そして20代後半には起業してイベント会社を立ち上げ、クラウドファンディングで資金を調達してビジネスを軌道に乗せ、世界中を飛び回る生活を送ります。

         

        30代半ばにジェーンの活躍をみた有名な食品会社にヘッドハンティングされ、順調に出世。ビジネスの知識や専門技能を磨く一方、セミナーを受講してネットワークを広げ、ブログを更新したり、記事を書いたり、講演をしたりして自分自身の価値アップにも余念がありません。

         

        そして結婚。37歳で長女を、2年後に長男を出産し、45歳で大企業を退職。しばらく主婦業をしますが、次の可能性を求めて48歳で人材採用コンサルタント業を始め、60歳でまたもやヘッドハンティングされて大手企業の取締役に。再び超過酷なビジネス世界で生きることになります。

         

        70歳になったジェーンは改めて人生を再構築する決心をして、仕事をやめ、夫と旅に出てリフレッシュ。NGOや企業取締役、公的仕事など3つの仕事をかけもちする「ポートフォリオワーカー」となり、85歳でやっと引退します。また、別の可能性として著者は、ジェーンが古巣の食品業界に戻り、以前よりも低い役職で若い人たちと仕事をする選択もありうるとしています。

         

        ■「若々しさ」「遊び」「探検心」「るつぼの体験」

        ジェーンの世代にこれからどのような社会的変化が起こるのか、著者自身も認めているように、未知の部分のほうが大きいでしょう。

         

        しかし、最も悲観的に描かれるジミー世代の問題は、今、まさに2017年の私たちに突き付けられている切実な人生の選択の問題です。

         

        この箇所を読みながら、ジミーの4.0の選択をすでに実践している人が私の知人にいることに思い当りました。

        (もちろんすべての人が実践できるわけでなく、3.5の人生のほうが現実的であるということは本書でも述べられています。それについてはまた、改めて書きたいと思っています)

         

        奇しくも2人ともアメリカ人。

         

        1人目は結婚してすぐ、日本で職を得た私の夫の上司だった人です。彼は非常に優秀で、大学卒業後米IT企業に勤務。めきめきと頭角を現し、30代初めで日本支社の営業兼業務部長として厚待遇で赴任し、業績を伸ばします。ところが40歳になるころ本社が業績不振により買収されることになり退職。短期間で法律の修士号を取得してITに関する法律の専門家となり、現在は世界各地で講演やコンサルティング業務を行う、インディペントワーカーとして引っ張りだこの人材になりました。現在は50代半ばですが、業界では高名な専門家としての地位を獲得しています。

         

        もう1人は、30代初めから20年以上の付き合いになる私の友人。彼はアジア学を専攻して大学を卒業後、台湾に留学して完璧な中国語を身につけ、台湾と香港で証券会社のアナリストの職を得、イギリスのプライベートバンクにやはり厚待遇でヘッドハンティングされ、中国企業専門の辣腕アナリストとして活躍します。ロンドン郊外に豪邸を求めて、子ども2人をびっくりするほど高額な学費のパブリックスクールに通わせていましたが、出張、出張の過酷な生活に限界を感じたためか、数年前にアメリカに戻って自分自身で投資を行いながら生活をしていました。しかし、リーマンショックと中国の株暴落が重なり、資金が枯渇。2年前に起死回生でまったく違う仕事の研修プログラムを受講し、現在はやはりインディペントワーカーとして新しい仕事を軌道に乗せているところです。また同じく友人である台湾人の妻も、夫の転機を機に中国語講師の仕事を本格的に始め、高校や大学で教える充実した日々を送っています。

         

        彼らの例を見てもわかるように、ジミーやジェーンの人生は遠い将来に起こることではなく、すでに間近に迫っている私たちの世代の出来事です。

         

        これらの転機を乗り切るために必要なのは、「若々しさ」「遊び」「探検心」「るつぼの体験」であると著者は言います。40代半ばから後半になれば、まだまだ出世競争の真っただ中にある人を除き、大半のサラリーマンはこれからの自分の会社員人生の先が見通せるようになってくると思います。その時にこそ、若いときの遊びの感覚や探究心を取り戻し、新しいことにチャレンジする気概が求められるのではないでしょうか? その際に非常に役立つのが、いろいろな国や年齢や職業の人たちと一緒に働いたり遊んだりした「るつぼの体験」であるのだと思います。

         

        ■「80歳まで働く」のは当たり前だった。

        最後に、本書で一番印象的だった一文をご紹介します。

         

        興味深いのは、歴史を振り返ると、比較的最近まで引退年齢がもっと高かったという点だ。1984年のイギリスでは、65歳以上の男性の8%しか職をもっていなかったが、約1世紀前の1881年には、この割合が73%に達していた。1880年のアメリカでは、80歳の人の半分近くがなんらかの職をもっていて、65歳〜74歳の80%がなんらかの形で雇用されていた。

         

        「80歳まで働けというのか!?」と年金政策を批判する声もあるようですが(私は別の意味で日本政府の年金政策を批判していますが)、実は「働けるうちは働く」のがごく最近まで世界では当たり前だったのです。また、いっぽうで、働けるだけの健康や、職場や、それを支えてくれる家庭があるということは、人間にとって根源的な幸せの要素ではないでしょうか?

         

        「働く」ことの意味を改めて考えるという意味でも、本書は素晴らしい本であると思います。

        | Yuriko Goto | 高齢化社会とビジネス | 19:27 | - | - |
        おばさんは加計問題に怒ってるのではなく、アベノミクスに失望しているのです。
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          JUGEMテーマ:経済全般

           

          娘の学校が前期休みに入った5月末から、新しいスモールビジネスの立ち上げのために2か月強、日本に滞在していました。

           

          沖縄県の離島。シンガポールでは籠の鳥で、学校ではきゅうきゅうに詰め込み教育を受け、放課後の私立学童保育では宿題の上にさらに用意されたプリントなどの勉強を日頃させられている娘が、地域の人々の温かい目に見守られながら、海でヤドカリを集めたり、そこら中走り回っては虫取り網を振り回してバッタを取ったりする姿を見て、ああ、こんなところで子育てができたら最高だな、と最初は思っていました。

           

          しかし、その最中に加計学園問題がクローズアップされ、先月の都議選では自民党が歴史に残る惨敗。仕事をしながらラジオで国会中継を聴いていても、ますます日本の国としての行方が危ぶまれ、とてもじゃないけど、今の状況では娘を日本に連れてくることなどできないと暗澹たる思いにさせられました。

           

          ■期待してきたアベノミクスの結末は・・・

          2015年の安保法、2017年のテロ防止法など、安倍政権には国民をきちんと納得させることなく強引な政治運営がめだちましたが、それでも私をはじめとする多くの国民は、多少のことには目をつぶっても、世界最悪の少子高齢化で将来が見えないこの国の現状を根底から変えてくれるのなら、と安倍首相と安倍首相が提唱するアベノミクスに期待してきました。

           

          しかし、その結果はといえば、悲惨の一言につきます。

           

          アベノミクスの第一の矢である、未曽有の金融緩和による経済活性化策。先日の黒田総裁の記者会見では、2年で達成するとした2%のインフレ・ターゲットは4年半が経過した現在でも達成できず、達成目標は2019年まで持ち越すとされました。2年でやるといったのに4年半かけてできなかったものがあと2年でできるという根拠はどこにあるのか? 疑問をもたざるをえません。

           

          第二の矢では、政府は国債を乱発、日銀がひたすら買い続けて、今や日本国の大株主は日銀です。長期金利がひとたび上がり始めたら日本国は破産じゃないですか? 民間の推計によると、日銀はユニクロブランドのファーストリテイリングの16%近くの株をもっているそうです。ユニクロは国営企業だったんですか? (その後、ユニクロの株価が大幅に下がっていることがわかりました。もしも日銀の売りにより下がっているとしたら民間投資家はこれで大変な損失を被ったことになります)

           

          そして、私が最も期待していたのが第三の矢です。

           

          安倍首相が繰り返しおっしゃるように「岩盤規制」を取り除き、新しい産業を育成しつつ、再び日本が世界経済をけん引していくことができるような将来に大いに期待したのです。

           

          しかし、家計問題が中心議題となった先日の国会の閉会中審議では、前愛媛県知事の加戸氏が、「黒くても白くても」とか「正面玄関がだめなら通用口から」とか、田舎の支援者集会の場ならいざしらず、とても日本の最高立法府での発言とは信じられないロジックを繰り返し、5年になろうとする現在の安倍政権が、経済を刷新するどころか、従来通りの一部の人たちのなあなあで私たちの税金を使っていることが明らかになってしまいました。

           

          そして焦点の加計学園グループといえば、現在通っていらっしゃる学生さんたちには失礼かもしれませんが、偏差値や国家試験の合格率(学生数に対する)を鑑みるに、とてもこれからの日本の産業をリードする人材を輩出できる学校だとは思えません。

           

          大学の定員割れや、いわゆる「Fラン大学」運営問題が深刻になり、逆にiPS細胞のような地道な基礎研究を行っている研究室の資金不足や人文科学系学部への予算削減が議論される中、これ以上、このような大学の学部を新設してどうするのでしょうか? これがアベノミクスの第三の矢が目指してきたものだったのでしょうか?

           

          ■おばさんは失望しているのです。子どもたちのために、明るい未来像を見せてください。

          低下し続ける安倍政権の支持率ですが、中でも最も支持率が低くなっているのが、40代、50代の女性層だそうです。まさに私と同じ世代。その多くは子供の将来を案じる母親だと思います。

           

          結果も出口も見えない金融緩和や、これから社会に出ていく子どもたちに過大な負担がかかることが火の目を見るより明らかな年金の問題や、日本の産業の中核を担ってきたガソリン自動車の行く手に暗雲が立ち込めていて、それに代わって日本がイニシアティブを握ることのできる有望な産業が生まれていないことなどなど、日本の将来は難問が山積みです。

           

          それでも、母親は子どもたちが明るい未来を信じて毎日生きがいをもって働けるようになってほしいと、自分の洋服代や化粧品代を削っても子どもの教育に惜しみなくお金を使います。そのお金が加計学園のような大学の利益になっていくのだとしたら、いったい何のための教育でしょうか?

           

          ずっと期待してきたアベノミクスの馬脚が露呈してしまった今だからこそ、安倍首相でもそれ以外の方でも、ここでいったんこれまでの政策をきちんと検証し、反省すべきところを反省し、きちんとPDCAを回してもう一度原点に戻ってこの国の今後の在り方を考えてほしい。母親たちが何の心配もなく、安心して子どもを社会に送り出せるようにしてほしい。

           

          おばさんは、子どもたちのために、この国の明るい未来像を見せてもらいたいのです。

          | Yuriko Goto | 日本の将来 | 16:35 | - | - |
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